›January 10, 2006

誂えるモノ

今年(以降)の抱負を書いとこ。

本来衣服は誂えるものだ。靴もそうだし、帽子もそう。
人それぞれ、体格は違うし、右左の足の大きさだって違う。
手の幅や指の長さも違うから手袋も一人一人の手に合わせて作るものだ。
自転車だって手や足の長さに合わせてフレームの大きさを決める。
使い方や体力によって、それに適うパーツを組み合わせたりする。
そういうカスタムメイドはまだヨーロッパでは残っているけれど
まあ、効率と生産性は良くないからどうしても高級品になってしまう。
機能を優先すると最新の製品が良いに決まってる。
でも最近「新しいモノ」はどーでも良くなってきた。
流行に関係なく、自分に似合うものとそうでないものは分かったし、
必要なモノとそうでないモノも分別が出来るようになってしまった...残念ながら。
引越しが面倒だから「持ちモノを増やしたくない」というのもある。
アチコチに持ちモノをばら撒いている(置いている)のもT.P.O.だけど
「良い物」というものは意外と汎用性はないものなんだ。

だから吊るしに自分の身体を合わせるようなことを少しづつ減らしていきたい。
自分の身体に合っているものが「カッコいい」とは限らないから
それは「ファッション(流行とも経済とも)から離れる」ということでもあるけど、
もう自分の生き方を誂えてもいいだろう。

生活の場にふさわしい場所に(点々と)居を構えて
馴染みの店を一つずつ増やして自分の街にしていく。
生活スタイルに合わせた家を建てるということもアリだけど、
ワタシの場合、大きな持ちモノを抱えたくないからそれはどーでもいい。
乗る場所と自分の身体に合わせてオートバイを作る。
T.P.O.に合わせたその為のウエアを作る。それはバイクを作ることと同じ意識だ。
身の回りの全てのモノやコトが自分の気に入ったものであって欲しい。
でも気に入らないモノとかヒトは「お気に入り」を持つために不可欠な要素だからね。
「身の丈を知る」ということとは違うけど、自分の手足の延長くらい自分の思うようにしていたい。
それが思うようにいかなくなった時は、モノやコトを手放す頃合なんじゃないか?

ワタシはまだ死なない。だからまだまだ右往左往している。
でも「やりたいこと」は充分分かっているつもりだ。
死ぬまで満足することはないだろうけど、諦めないよ。

MV125Sに乗るときのためのスニーカー

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