守備範囲が広いのもどうかと...
まあ、興味の対象が幅広いといつの間にか垣根がなくなる。
ジャンルやカテゴリーとか所属や派閥とか、年齢や性別なんてカンケーない。
云わばボーダレスということだけど、そもそも枠決めしてるわけじゃない。
モノに関して言うと、ワタシは「大スキ」なモノと「大っキライ」なモノがない。
モノの良し悪しの判断は観点で異なるから、全てのモノに良いトコと悪いトコがある。
ニュートラルな視点でいるためには、「スキORキライ」だけの判断基準は曖昧だ。
専門分野に特化してるのもNGだ。専門バカは馬鹿だから、ずっとアマチュアでいたい。
今自分が生きている環境には実体としてのモノと共に付帯する情報も溢れていて、
この時代ならでは特異性もあるから、今しか生まれ得ないスタイルもあるはずだ。
それでも広く浅くではなく、広く深くでないと意味がない。
いつも冷静でズレない線引きがオリジナリティ(「自分らしさ」って言うの?)と思っている。
イマドキのクウネラーのお部屋トレンドは「ジャンクスタイル」らしい。
そのままの生活で、ちょっとだけ趣味をヒトに見せる工夫をすれば、
自分らしい部屋とライフスタイルの演出ができる、ってことらしい。
埃を被ってる昭和の雑器が新鮮でしょ?温故知新のスピリッツ!
おばあちゃんもニッコリ^^日本の古い家や狭いアパートもそれらしくなるでしょ?って。
もっとも雑誌や書籍で取材されてモデルになってる雑貨商売の人は
回りにモノが溢れてるから小細工しなくともそうなっちゃう。
それはインテリアのスタイルとは違うけど、そうありたいと思う人が居るってこったね。
一般ウケしないコレクションは結局"ボリューム"で見た目勝負なんだ。
そのスタイルってのは、このソファとこの照明で出来上がり~ってインテリア様式とは違う。
モノに拘るというより生活と共に日々変化しているライブ感が肝心。
そこにあるモノは単なる置物ではなくて、持主にとって必然であるべきモノ達だ。
住まう人のキャラクターが出ていなければ(招かれても)つまらないだろう。
程度の差こそあれ金持ちがバイクやクルマを収集するのも同じで、
お金を掛ければいくらでもキレイで立派なガレージを作ることが出来る。
(何が良くて何が悪いともヒトの勝手だから言わないけど、)中途半端なんだ。
日本には身近にお節介なくらいカユイトコに手の届く便利なモノがあって
無いから何とか自分で工夫することは不要なんだよね。
趣味にはそーゆー便利なモノをあえて排斥しないと愉しくならないという一面がある。
純粋であるかどうかが必須条件とは言わないけど、一途さの詰めが甘いとリアリティがない。
無駄に思えるけど「余計なモノ」が必要。(ワタシは)趣味は命掛けと思ってるから。
最近新しい服を買いたいと思わない。
個人的な事由の所為だけど、手持ちの服が仕入れる古着より古くなっている。
モノ持ちがいいというより、単に年を取ったということだけど
そもそも最先端のモードも20年もすればクラシックなスタイルになっている。
パリのどこだっけ?、Passageパッサージュ(通路って意味だけど)に
昔のシャネルのスーツやディオールのパンプス(R.ヴィヴィエ)を置いてる店があった。
大昔のヴィトンのトランクを修理して売ってる店もあったね。
そのクラスになると、すでに出来上がったマーケットもあるから
コレクションという遺物的価値になっちゃうけど
(つまり個人の審美眼の有無は無関係で、お金があればセンスの良し悪しは誤魔化せるということ)
モードのファッションでも商品にクオリティがあれば時代を超えて生き残る価値がある。
流行は繰り返されるからそれらのアイテムを最新モードに合わせるということではなく
フツーに(モードの意図を除外したスタンダードな)服として着(ら)れる。
もちろんピンポイントで10年20年先に残るモノを見極めるには
ある程度散財して懲りてないと分からないけど、特別難しいことじゃない。
何も新しいのに飛び付いて買わなくたっていい。もう充分蓄えちゃってるだろうし。
スタイル(ファッションも生活も)が多様化して共生している'時代はそんなに長くない。
80年代以前は地理的な要因と情報流通の制約から地球上に共存はしても、共生できなかった。
それがこの20年余りの間に激変している。モノと情報の流通と共に様々な価値観が存在することに気付く。
マスの価値観の存在価値がなくなって、個人のパーソナリティが立ってくる。
他の時代との特異性や地理的な文化の特徴性は希薄になっているけど、
そのごちゃまぜの中から何を持ってくるかが"個性"ということになる。
スタイルと呼ぶにはマスが要るけど、そこらから出てくるオリジナリティは尖がってないからね。
情報とモノはとことん集める。目的じゃないからデータベースにはなってないけど
長年の習慣と蓄積は、分析能力に長けることになる。場数を踏めば解析速度も上がる。
そしてそれが「日本人のアドバンテージ」に違いない。
だけど、それらに縛られることなく自分自身のスタイル<生き方>を組み立てていくものだと思っている。
日本国内に居るだけだと難しいけど、モノ集めに関しては何より実体の"量"を見ることだ。
モノを創る行為においてはピン(ピカイチ)のモノを観ている必要がある。
一方バイヤーとしてモノを取捨選択する際はスクリーンをフラットにしていないといけない。
情熱(Passion)なんて要らない。商売なら何でもそうだけど、他人の制約が最優先事項だから。
ファッションやインテリア(あるいは趣味)のスタイルはミックスされ細分化されていく。
オリジナリティを出すために他(あるいは他人)との差別化が必須ということになっている。
実はそんなのはど-でもいいことだけど、何となく納得しちゃうんだろう。
で、別にこれじゃなきゃダメってわけでもなく、ゆるーく大雑把に括ればいい。
で、ごちゃまぜのそんな気分は「Timeless(タイムレス)」だ。
この「タイムレス」ってドンブリみたいな言葉がいい。
時代に拘るのはコレクターやマニアの前提条件だけど
実は暗い部屋で楽しんでるそんな枠に填める快感とは別に現代人の生活もしてるはずだ。
先日書いた「QUADのアンプ+iPod」と同じ。聴く音楽だって何世紀も昔のバッハだったりするしw。
インテリア用語で「タイムレス」と言うと、家具やモノ・調度品が作られた年代や
様式の作法;ルールを破って時代のトレンドを加味して作られる様式だけど
個々のアイテムのボリューム(意匠やカラー)が大切なのは当然として
実は空間の大きさが重要な要因。現実的には使われないモノを置く場所も要るからね。
そーすると日本という居場所に拘る必要がなくなるんだよ。
このエントリも書き出しはかなり前だ。
ココに書くことはタイムレスな内容だからね。
まだ内容はバラバラ...。