どこに書こうか迷ったけど、アップが簡単なのでココにしまひょ。
サイトのMV150CRS製作の企画だけど、無期延期ということで。
って書くと今までと何ら変わらない。中止だよ、もう止める。
まあ、永いことうだうだとパーツを集めてたし、誰に急かされてやってるわけじゃないし、それこそこの顛末すら黙ってていいことだけど、自分が弄ってたんじゃ(いつまでってこともないけど)間に合わないというか、せっかく集めたモノに悪いというか、それらはマーケット的には単に好事家の手に渡るだけだけど、ワタシが死蔵してるよりいいかと思ってみた。"メモラビリア"は商品にはなるけど自分のコレクションとしては無くてもいい。
そもそも自分自身がイタ車弄りに飽きたという要因には周りの人間が亡くなったり、年を取っちまったということ(特にイタリアのコレクターやエンスージアスト)と、日本国内では同好の輪が拡がっている感じもしないし、この五年ぐらいの間に自分のライフスタイルというか生き方を変えようとしている所為もある。実際バイクに乗らなくとも生きて来(ら)れたので無くともいいかー、とも思うけど、それはそれでまだ弄る愉しみを忘れていないので余生のために少し残しておこうと考える(やり残したことを残して人間は死んでいくものだけど、それが沢山あったからって誰も褒めてくれない)。
2シーズン着ない服は捨ててもいいと思ってる一方で服は一生ものと考えてたりもするから、整合性というか論理的な根拠もないけど、バラバラに抽出した要素は一度カオスに戻してやることも有意義かな、と。自分の身を何処に置くかということだけど、価値観を共有するためにローカルルールにしがみついてるのはパーッと楽しくないしね。
そもそも不要になった自分用のパーツやグッズを販売したのが元サイトの発端だけど、ネット環境が整うことで情報の共有が容易になって、裏腹に宝探しの面白さが無くなって、マーケットが極端に狭くなっちゃった。世界(地球上)に三人しかいない同好者と繋がったりもするけど、もはやマーケットとは言えない。
石油燃料を浪費するコミューターがいつまで存続できるかということもあるし(実は電気も大して変わんない)、社会的な適応性を持たないプロダクツに存在意味があるのか...否、存在に意味を求めちゃいけないよね、とか。一方で残り少ない(?)環境(言い方を変えると人間のエゴ)を大事に守るよりいっそ壊しちゃったらとも思うけど、言い訳してないと生きていけないのも人間だから(ヒトに優しく、)イチイチ突っ掛かることもないか-。
で、MV150CRS用に集めたパーツは処分することにしよう。
150RSの解体→袋詰めENG.やCerianiの35フォークとか、Grimecaドラムのドカ用ホイールとかね。
トラマスのフレームも間に合えば(整理の時間があまりない)、今夏までに売却する予定。
汎用品もあるけど、オリジナルのまんまってのは少ないからどれだけ必要とする人が居るかね。
ついでに在庫品の雑貨の整理もするし、ギャルソンの古着も売りに出すかもしれない。
先に書いたガレージの話とも関係してるんだけど
新しい居場所が出来るとモノが増えていくから、たまに棚卸ししないといけないんだ。
それでも、人に優しくあるためには強くないとね、とずっと思ってる。
と、またしても支離滅裂だ。
この機関はバリエーションがあって、集めてみると面白いかも。
置き場所があったら、今が買い時。