ディスカウントSHOPや免税店などで
ブランド品や高級品を安く買うとお得な気がする?
他の持ち物や昼の千円ランチや2足(3足?)千円の靴下と合わないような...
なんか居心地が悪くないか?自分自身がモノを見ている割に貧乏性(ただの貧乏?)なせいか
"頂上ブランド品"なんてのに縁がない。実際MVを持っていてもずっとそれだけで"センス悪ぃ~"って
気がしている(4Cは絶対センス悪い!)。だからストックのままでなく、あれこれ弄りたくなってしまう
のかもしれない(MVでなくParillaパリラ、FerrariフェラーリじゃなくてLanciaランチアって選択)。
フツーの工具箱を買った。ゼロハリのケースが役不足になったのと工具が溢れてきたからだ。
以前USAGウサグの工具を扱ったことがあるのにそこのはドライバーセット位しかない。
スタビのコンビは使い勝手がいいから揃えているけどFACOMファコムやSnap-onのレンチも数本ある
(ネプロスのコンビはなぜメッキ剥がれるのかな?スナップオンはそんなことがない...)。
アメリカ製のドライバーは規格の違いからか日本の+ネジを嘗めやすいかもしれない...。
親父の工具箱に木製グリップのドライバーがあって、子供の頃からPROTOプロトの名は憶えていた。
日本ではあまり流通してないしドライバーは欧州製を使うけど、ずっと気になっていたメーカーだった。
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【本日の写真】PROTOの工具箱
普段使いに引き出しは2段で充分、本当はジジイ仕様の茶色のが欲しかった...。
内側はTEAM HONDA仕様。当然古いPROTOのステッカーを持っていたりする...。
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相変わらずバイクの盗難は多いという。
パーツを外して持って行かれたりするらしい。
自己防衛が必要とはいえ太いチェーン錠を携行したくないし、駐車する場所の制約もある。
転売目的や組織的にやっている業者までいるから物騒だ。幸いそんな目に遭ってないけど。
MVを停めているとよく話掛けられる。「盗まれたりしないですか?」まあ、まだここにあるし...。
でもあまり心配していなかった。関心のある人はこれが誰のバイクか知っているから
転売するのも難しいし、バラしてパーツで捌こうとしてもお得なルートはないだろう。
もっともMVの4気筒はパーツ単体でも高く売れるから分解されて流通することがある。
ヨーロッパでは売りにくいから寄せ集めの完成車が極東の日本に売られたりするわけだ。
複製部品がレアパーツとして取り引きされる。裏付なしに話を信用するんだからお人好しだ。
かつてのフェラーリのレプリカと同じで数人の手を経るとニセ物が本物に変わってしまう。
知識なしに買う人が居るから困ったもので、盗難車と判って言ってあげても喜ばれるわけじゃない。
欠品パーツを探してレストアして高く販売していた人が居た。それも商売だから文句は言わないけど
もうそういうカタチの付き合いはしないようにしている。用が済んだらそれっきりだからね。
素性の知れない物件には手を出さない。フレームとエンジンNO.位のチェックはしないといけない。
ミュージアムや博物館なんかもそうだけど...
1点だけ世界的に有名な作家の作品があっても仕方がない。
その道を志したことがあるから、そんなところの学芸員は何考えているんだろうと思ってしまう。
個人が収集できない作家の作品を体系的に収蔵していくのが使命の一つではないか。
コレクションをするためにはいくつか条件がある。枯渇しない資金源と独立した決裁権だ。
コレクションは個人の財産ではない。後世に残すという意識が不可欠で、そうでなければ意味がない。
だから日本人のクルマやバイクのコレクションはたかが知れている。二世代も経たら散逸してしまう。
ORG.コンディション/仕様に拘るのは動産価値を高くしたいから?別の愉しみ方があると思うけどな。
ブランド品もそうだけど値段の判るモノなんてつまらなくないか?いろいろ集めなくとも愉しめるよ。
相反する要素だけどコレクションは市場価格とは関係のないところにあるべきものだ。
同じような趣味の仲間と集まっても...
自分が拘っていることの話はほとんどすることがない。
同じ土俵の話は面白くない。なぜなら皆自分(の)が一番と思っているからだ。そこは不可侵な領分だ。だから違う分野の趣味の人と話をする方が楽しい。もちろん"独りで遊んでいる"というのが前提だけど。異業種交歓会てやつだな。立場が違えば物事の見方も違う、新しいアイデアも浮かぶってことだ。
どうも"バイク仲間"ってのは苦手だな。初対面で仲良くする共通項を探るのも変だし、かったるい。目的を共有する、例えば何処其処に集まって顔を合わせる...バイクで目的地に行くだけならいい。でもそれは他に何かがないとその気にならない。ま、コーヒーを一杯飲みに行くだけでもいいか。それも時間的な余裕がないといけない。平日は仕事、休日は家族サービスでそれどころじゃない...。
何かを割り切ったり、切り捨てたりしないと得られないモノでもないような気もするけど...。
今どきクルマは造り置きしないことは皆知っている。
注文が来てから組み立てるようになっている。
革張りのシートはオプション扱いがほとんどだけど、もっとOPを増やしてもいいんじゃないか...。
屋根もそうだし、後ろのシートは要らない人だっているだろう。喫煙しなければ灰皿は不要だ。
塗色も色によってコストは違うから価格差があってもいい。フレークやパールは追加のトッピングだ。
地色にクリアのみってのも面白い...これは誤魔化しが利かないからかえって手間が掛かるだろうけど。
内装のシートやドアの内張生地をオーダーで選べるのなら"なし"ってのもアリだ。
生産効率を考えてプラットフォームやパーツを共有したりモデル数を減らすのもいいけど
流行に左右されない基本の構成って出来上がっているだろう。10年位使えるシャーシはあるはずだ。
つまり基本の構成/最小限のベーシックモデルにOPで必要なパーツを付加していくというシステムだ。
基本コンポーネントに手を付けず外装等を流行に合わせて追加していく。そんなクルマがあってもいい。
これはPCやケイタイも同じだ。もう余計な機能やお節介な装備はありがたいと思わないだろう。
手の大きさは変わらないから人間工学から使い易いケイタイの大きさだって決まっているだろう。
2年毎とか半年毎に買い換えるというサイクルに合わせてNEWモデルを出すのを止めよう。
余計なモノは造らない方向で豊かな暮らしや社会を創っていくという姿勢が必要だ。
ドイツや北欧の製品はあまり好きでないけど"防腐剤を入れない"モノ作りの姿勢は共感できる。
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【本日の写真】BMIのメジャー
ドイツのメタル製メジャー、手の大きさに合うモノはこれしかない。
クリップは日本製のものからの流用だけどなぜかピッタリ合う、世界規格なの?
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新しいバイクの動向はイチイチ気にしている...
だけど、本当に気になるモデルがない。
ドカの999はコンパクトさから来る凝縮感に圧倒されるし、ビューエルXB9Rの割り切った造りもいい。
ベルティマティやKTMのモタードモデルもちょっとそそられるけど、それならVORもあるし...。
もちろんお金に糸目を付けなければサンダンスのXR1200やホットドッグの4バルブもはじけてていい。
昔のバイクは?マーニフレームのMV750GTやマッキのCRS/ERSは目の前にあったら食指が動くけど
以前ほどは関心が無くなった。楽しくないことが見えると諦めてしまうのは良くないけど
当然ピカピカでもレストアされたものだから自分の手で使い古すという行為に躊躇してしまう。
机上の空論で考えることは時間の無駄でもあるけど、制約がないと物事は楽しめないことも知っている。
現時点の素材(MV125S, RS600D, CB250RS, MV150RS, H-D KR他)には満足している。
使途を考えていけばいい。近所のおつかいにはベスパがいいかねぇなんてよそ見しないでいくことだ。
これはいろいろある興味の一つだから、あまり熱くならずほどほどにしておこう。
最近金属が肌に合わなくなってしまった。何年も身に付けていたシルバーのリングを外した。
チマチマ作業の話。
RS600Dにヘッドライトとウインカーを付けているけど、当然他車の流用だ。
もっともホンダのオフ系の共通パーツだからもう定番アイテムで違和感はない。
ウインカーの大きさと位置はカスタムの要だけど、異常に小さいのはちーともカッコ良くない。
なるべく素っ気なくOEMパーツを使うけど、位置に拘るとステイは新製しないといけない。
アルミのプレートを曲げて"くわえ"を削ってカウル脇に付けた。小技が必要で結構時間は掛かった。
ワンオフは出来るだけ避けたいけど、仕方がないかぁと思っていた。細かい部分は我慢しないと...。
ところが最近FTR250のメーターに付いてきたステイが全く同じディメンションだった。
早々に差し替えるでしょ。作業はカウル側に切り込みを2箇所入れるだけ、ものの10分の作業だ。
そういえばFTR250用は気にしていなかった。FTR223用はFT250用にと何セットも転がしたのに...。
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【本日の写真】ディテールに拘るの図
位置はココしかないでしょ、って思うんだけど...。
このタイプのウインカーは使い捨てみたいなものか。
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チマチマ作業の話。
元はCB250RSとFT400/500はグロメットの填め込み式だから何の問題もない。
ただタンクをFT用に換装したからサイドカバー前方の突起とタンク側の穴の位置が合わなくなった。
ベルクロで対処していたけどそれも情けない。レーサーライクにクイックファスナーがいいかと考えた。
ドカや最新の車輌用のパーツは良く出来ているけど、デザインされ過ぎているのが煩い。
80sのRS750Dのカウルのような簡易でチープな感じがいい...と探したらMOROSO製を見付けた。
汎用品だから加工は必至、手間を避けてボスを利用する。ベースを曲げてタンクにリベット止め。
タンクにはドリルで4箇所穴を開ける。メス側にSスプリングをリベット止めした。
位置出しをしてサイドカバーにリューターで穴を開ける。オス側のプレス抜きのカタチに合わせて削る。
ちょっと厚さがあるので留まるのがギリギリだけど、ペイント前にタンク側を潰して揃えればいい。
些細な作業だけど以外と手間は掛かっている...、といっても午前中の2時間仕事だ。
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【本日の写真】ディテールに拘るの図
チリが合わないのはご愛嬌。FT500のタンクとCB250RSZのサイドカバーだから仕方がない。
塗色も揃っていない。だからまだリベットで止めていない...。
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ヒザは良くなったけど事故で左手の指先は変形したままだ。
視力の落ちた左目は元に戻らない。
でもシワや傷は長く生きてきた歴史のようなものだからAS IS(ありのまま)が相応しい姿のはずだ。
MXバイクが傷一つ無くピカピカなのはおかしい。昔のM/Cにサビ一つ浮いてないのも不自然だ。
バイクに付いた傷にはワケがある。新車を下ろした最初のうちはどんな些細な傷も憶えているだろう。
コレクションとして並べて置くのなら話は別だけど、傷やへこみ、退色は辿ってきた時間の記憶だ。
私のMVのF.フォークボトムに傷がある。これは前オーナーの転倒痕だけどパーツ交換する必要はない。
新車の状態が100%ではない。使途のあるモノは不完全で、使い手が居てはじめて製品が完成する。
古色仕上げ(今はエージングって言う)は使い込むのが面倒で、"イイトコ取り"の姑息な手段のようだけど
"すぐ美味しい"モノを求めているわけじゃない。いちいち適度に磨くのが億劫なこともあるけど
自分との接点をそこに留めておきたいわけだ。リペアするにしても歴史を消してしまう作業はしない。
ユーズドの部品を寄せ集めて1台のバイクを組み立てるのは単純なレストアとは意味が違う。
行き当たりバッタリでルールを決めるゲームのようなものだけど、ひとつの自己表現手段でもある。
専門誌を捲ると全然知らない単語が散乱している。
何が書いてあるのかちんぷんかんぷんだ。
当たり前のことだけど知らないことは沢山ある。だからいつまでも興味の対象には事欠かない。雑誌も半年も購読していれば理解できるようになる。要る要らない内容の判別は付くようになる。何かの役に立つだろう、と考えることはない。飽きっぽいし積層的な学習じゃないから知識は断片的だ。それでもいろんなことがこんがらがった経験を濾過すると事象を多角的に判断出来るようになる。もちろん"自分なり"だけど一つのことを突き詰めてやって来た人間には出来ない特技だと考える。
仕事はプロには敵わない。実行はプロに任せるのが間違いがない。でも何も知らないと話が出来ない。プロフェッショナルを見極めるには最低限の知識がいる。変なことを知っていると煙たがられるけど自分の技術や経験に自信を持っている人は懐が広い。知識の出し惜しみなんてことはしない(実際言葉が分からなくとも意志を伝えることは難くない。お互いに求めることを理解すればいい)。
仕事が多様化分業化すると温度差を埋める役割も必要だ。ついでに出来る仕事でもなくなってくる。誰かが不完全で居ることも意味がある。専門バカや器用貧乏にならないよう、お利口で不器用でいよう。
パーツを流用しようと昔の自転車の部品を探したりする。
思わず懐かしいパーツに再会することがある。
昔、中学生の頃だけどサイクリングのブームだったのか、雑誌を隅々まで食い入るように見ていた。
当時はもちろん伊ロードレーサーが主流で、白眉はCinelliチネリやColnagoコルナゴだった。
パーツはCampagnoloカンパか国産ではShimanoシマノのDura Aceデュラエースが一番だった。
受験もあったから記憶はRene Herseルネ・エルスやMEBIUSのクロカンモデルで止まっているけど。
中途半端な時代なのか、その頃のパーツはデットストック物でも存外に安価であることに驚いてしまう。
もちろんハイエンドのプレミアムの付く物もあるのだろう。コアなコレクターも居るからね。
ただ当時のレース用部品は消耗品だからかショップにはまだ残っているのかもしれない。
手に出来なかった当時の感傷に浸ってビンテージバイクを買うんだろう。うっかりその気になりそうだ。
クルマやM/C趣味より健康的かもしれないけど、自転車は新しいモノがいいと思うようになっている。
自転車部品の変遷は目まぐるしい。加工技術は日進月歩だ。そして新素材はまずこの世界に導入される。
M/Cの最新マシンは敷居が高いけど自転車ならメカ・新しモノ好き所有欲を満足させられるに違いない。
もっともビス1本に拘ったら100万もアッという間だけど。やはりカゴ付きチャリンコでいいや。
インターネットで情報が得やすくなったり
欲しいモノを容易に入手出来る便利な世の中だ。
ここ数年で趣味は一気に加速して同好者との交流やコレクションが充実したに違いない...。
人と会わず会話することなしに必要なモノも入手出来る。しかし本当に豊かになっているか。
コミュニケーションのタイムラグが無くなってストレスが軽減した一方でゆとりも無くなったようだ。
モノが溢れていることは豊かさの証左じゃない。バブル崩壊後の俄成金の顛末は教訓になっていないか。
物欲はもちろん余計な知識欲まで"ほどほどに"セーブしていないと振り回されてしまう。
PCのお陰で仕事の作業効率はアップしたけど拘束時間は変わらない。単に仕事量が増えただけだ。
仕事量が倍になって売り上げが2倍になっても疲労まで2倍になったりするから考えものだ。
知らず知らずのうちにペースが上がっている。目的地に急ぐ必要もないからスピードダウンしてもいい。
情報の選別と咀嚼に長けるのが良いとは限らない。本当に大事なことは僅かだから傍観してみよう。
勘違いしないこと。身体を動かせば仕事をしているわけでもない。単にエネルギーの浪費かもしれない。
制約はあってもネット環境があれば何処にでも居られる。新しい世界に身を置くことは出来る。
でも人と会わなくとも人と話す機会が無くなっても、独りで生きていくことは出来ない。
結局その接点はいつも自分で繋げていないといけない。開かれた世界は外にあるわけではない。
MVを扱っていると当然お客さんにはお金持ちな方が多い。
バイクだけでなくクルマも沢山持っている。
フツーの人が考えられない金銭感覚や価値観があるものだと勉強になることが度々だ。
私はというと趣味以外は妥協しないといけなくなるから4輪には手を付け(られ)ない。
Renault AlpineアルピーヌもMaseratiマセラティも好きだけど、見ないようにしている。
結局道具としての役割が優先してしまう。財力のないヒトはそういう趣味に走ってはいけないのだ。
負け惜しみのようだけど、お金で手に入れることの出来ることは趣味でないと思っている。
対象は昔のものだけどリペアしたら実用的な"アシ"になってしまうモノにも興味がない。
新しいクルマに関心がないわけでなく、懐古趣味だけど名車の新解釈/焼き直しモノには惹かれるけど。
日本は趣味やコレクションは名車ばかりで、本当の意味でのHOBBYとはズレているような気がする。
身の丈、身分相応というのは最初から高望みしないで手頃なところから...ってことでもない。
それは金銭的な相対価値が先走りしているからで、愉しみ方は人それぞれで何をするかってことだ。
日本はほとんどプチ成金コレクターだから、領分が狭いし度量がない。分かり易い趣向はつまらない。
オールラウンドにいろいろ使えるモノが嫌だから、シングルシートのバイクが(で?)いい。
MV150CRSははじめにENG.ありきだ。
だから後からリビルド済のENG.が出てくると意志が揺らぐ。
2C350Bや175ccOHCのENG.の出物があった。不要なら売却すればいいけどキリがないから止めた。
フレームもそうだ。寄せ集め/ブリコラージュとはいってもどうせなら"スペシャル"でありたい。
そんな折り、Trackmasterトラックマスターのレーシングフレームは格好の素材だった。
MVの市販車フレームからトラマスのフレームへの変更はホイールサイズの変更を意味する。
F.フォークはCerianiチェリアーニしかない。30/32mmが数セットあったけど結局35mmになった。
それまでに集めたパーツは全て不要になった。ブレーキは前後ディスクブレーキがお決まりだけど
前はParillaパリラのドラムにするかと迷っている。これはレーサーを造る必要はないと気付いたため。
H・エアハートのキャリパーは前後3,4セットある。纏めて要らなくなるのも癪だけどそんなものだ。
ある意味でパーツ集めは目的でない。お勉強のようなものだから徒労には終わらない。
欠品なしの車両のレストアは簡単だ。出来上がりのカタチは見えているから作業そのものが目的になる。
でもこれは出来上がりを急いでないし、経過が愉しいわけだ。ただし、完成イメージは曖昧ではない。
というよりカラーリングは既に決まっている。少なくとも6,7年は寝かせていた構想だから。
フレームは濃紺の予定だったけどメッキは軽い印象だからいい。クロムではないから華美でもない。
パーツ1つ1つに拘ってあれこれ合わせて決めていく。先人の流儀を尊重しつつ自分の解釈を加える。
自分の美意識の結晶のようなもの。個人的な趣味の"お遊び"だけど次代に残るモノにしたいと考える。
...とりあえずここに書いておくと"いい加減"にしないといけなくなる。
※カスタムと言えば違法改造がまかり通るわけではない。私はMotoRecycleモトリサイクルだからね。
カスタムは部品を交換するだけじゃない。
お決まりのブランドパーツに変えてたら
誰かのと同じバイクになってしまう。イメージは曖昧だから人に薦められるままということもあるのか。
今手元にバイクは3.5台あるけど、MV125Sのイメージは'70sの自転車(CinelliやDeRosa)の延長だ
(実際の好みはより派手な造作のRossinロッシンだったけど、それもちょっと捻くれてる?)。
もちろんMV500のマルボロレーサーを範としているけど、フレームパイプは赤にしていない。
タンクに白を入れるつもりだったしENG.ボリュームがないからシルバーのままの方がバランスがいい。
目に見えるボルトナット類は極力ステンレスに変えているけどスポークはフツーのユニクロメッキだ
(イタリアンの流儀でいくとシルバーのペイントが定石だけど、そこは拘っていない)。
チェーンケースもアルミのバフ掛けに変えてこれは"晴"バイク、街乗りカフェレーサーってやつだ。
FT250/CB250RSは中距離コミューター仕様。トラッカーのシートだけどハンドルはクリップオンだ。
高級なパーツも必要としていない。何々風というのも陳腐でイヤだからマッチョなHOD RODテイスト?
カスタムの方向を修正するのにちょっと時間が掛かった。それも必然かのように料理しないといけない。
現時点ではカラーリングはBLKだけどGT40のガルフカラーとかCOBRAの青/白ラインもアリかな。
RS600Dは持ってきたそのまま。でもこれはニッケルメッキのフレームの車両を探したからだ。
ワークスマシンは赤のペイントだけど、タンクやシートのカラーリングが限定されるからね
(外装は簡単に着せ替えが出来るからスペアをストックしている...今はもう考えていないけど)。
レーサーだとピカピカに磨いてボルトナットをアルミやチタンにしがちだけどフツーの純正部品を使う。
前後ブレーキはオフ車の流用で安っぽい。でもGrimecaならともかくPMやロッキードは使えない。
アルマイトのアルミパーツも避けたかった。市販のオフ車様にチープなプラスチック部品がいい。
お手本がないのは好都合で"羊(の皮を被ったオオカミ)"仕様にすればいい。ワンオフパーツは見苦しい。
あくまで無理のない自然なカタチを目指す。色はともかく地味なカスタムが飽きが来ない、と考える。
絵画と同じで実は仕様の説明なんて要らない。"見たまんま"でそれ以上ではないから。