›September 27, 2004

好き嫌いをつくる

メンドーだけど、キライじゃない

晩のおかずのひとつをひじき煮にしようと近所の惣菜屋に行ったけど無かった。
仕方ない、厚揚げとセブン-イレブン20品目サラダにしよう。

このひじきだけどワタシは子供の時分に食べた記憶が無い。親が嫌いだったわけでもないようだし。あ、豚の角煮もそう...。家で食べた記憶がないけど覚えてないだけ?昨今は何処でも食べられる料理だけど昔は料亭や割烹、小料理屋とかでしか食べられなかった。中華や沖縄料理にもあるし、今はラーメンの具だったりもするよね。10代の終わり、連れて行ってもらった料亭で初めて食べた。八角の味が独特だったけどかなり美味しいと思った記憶がある。

味覚は7歳までって云われるけど絶対音感みたいな味覚があるとかえって不幸な気もする。大人になってもほどほどの美味しいもので満足できればいいかな、と。

最近は揚げ物や濃い味付けのものはほとんど口にしないけど和食中心の食生活でもない。
以前マクロビオティック料理のことも書いたけど実践できているわけじゃない。食生活が中心にならないから難しいんだよね。極力適時適量を心掛けるけど生活が不規則だから...と言い訳をする。
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【本日の写真】気になる時計
モノ探しは難しい。売る物は簡単だけど、自分の持ち物は少しズレたところから行かないと面白くない。例えば腕時計。今普段使いはアナログ針付きのCASIOカシオG-SHOCKBULOVAブローバACCUTRONアキュトロンだけど一旦ヒトに紹介しちゃったら次!ってことで、こんなのどう?
左はロシア製SOVIETのミリタリーウオッチ。70年代のアストロノーツ物はありきたりだしオモチャぽくなくてシンプルなところを突くとコレ。昔MHRマハラなんてイタリアの時計があったけど、覚えてる?好きだったけどちょっとエレガントでバイク乗りには似合わない。
一方右はAVOCETアボセットVERTECH II ALPIN/SKI。街中では全く無用な高度計が付いている。デザインはMUJI壁掛けCDプレーヤーKDDI/info.barで有名な深澤直人さん。すでに10年は経ってると思うけど古さはないでしょ。どちらも市場にはあまり出回っていないけど探せばないわけじゃない。

›September 23, 2004

ス・ミズーラ?

いや、お誂え向き。

天邪鬼だから、全国に名が通っている銘品はイヤなんだな。デパ地下行けば何処に持っていっても納得して貰える"おつかいもの"もあるけど、つまらないじゃん!周りがみんな贅沢になって有り難味に麻痺してるってことだけど、贈り物は自分が本当に勧めたいモノにしたいでしょ。で、贈り物は残らないものってのが基本。

最近アンリは遊ばなくなったのかパッケージがイマイチだから疎遠にしてるけど、どちらかというと和菓子が多くなったかな...年を取った所為らしい。
帰省のお土産(って今は田舎に居るけど...)は光圀饅頭(店はコチラ)あるいは大みか饅頭だけど、もうこれ以外選べなくなっている。水戸は納豆か梅菓子しかないんだよ。
ウチのお墓は東京にあって、子供の頃から毎年5月の連休は墓参を兼ねた東京見物だった。同じツツジの咲く階段に並んで記念撮影をしてた。いつの頃から止めたのか覚えてないけど、そもそも毎年行ってたということに気付くのもある程度の年になってからだから子供の住んでいる世界は別の所にあったんだと思うね。

ちょっとズレた。そこでお茶請けに出されるのがお寺の名前の入ったかるやきなんだけど、これが美味しい(写真は文字だけど以前は葵の紋だった)。いつだったか作っている所をつきとめ入谷にあった店に直接買いに行ったことがある。いつか自分の焼印で作って貰おうと思っていていまだに実現出来ずにいる。そんなに費用も掛かるとは思えないけどね。
細々とだけど自分で商売をやっていると年始の挨拶とか盆暮れの進物やらを考える。ビール券とか商品券等の在り来たりのものが一番という意見もあるけど、オリジナルな物にしたいと思っていた。賀状や季節の挨拶ハガキは自分の趣味で気まぐれで作るけど、自前の図柄の手ぬぐいや名入りの饅頭を配るとか。

そう、その前出の饅頭屋はオフクロの実家近くにある店だったから、大人になるまで美味しいのは欲目かなと思っていた。でもいろんなトコのを食べ比べてもピカイチだった。パッケージは銀紙で巻いてあるだけだからウチのロゴ入りでも作ってもらおうと考えていたり。それはオリジナルのTシャツを作るとかお揃いのクラブJKTを作るとか、カレンダーに社名入れて印刷してもらうのと同じことだから特別なことでもないでしょ。
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【本日の写真】Honda FMX650
あまり新しいバイクに目を向けないようにしているけど、漸く出てきた。使い途はともかく、こういう選択もアリかな。ナップスさんのブログ、独INTER MOTOインターモトレポートにもあるこの"ジェントリー"なのがイイ。ホンダのプレスリリースはコチラ(PDFファイル)。詳細/写真はホンダイタリアのページで(色違いPhoto有)。【寸評;ま、忘れ去られたドミネーターのモタード版か。で、くちばしはギミックと云うか見せ掛けってこったね。でもヨーロッパのオヤジ受けしそうだ。】

›September 20, 2004

儀式を愉しむ

TPOがあるから1台じゃ済まない...

燃料コックをONにしてキャブレターにガソリンを落とす。ティクラーのレバーを立て、スロットルを捻りバルブを上下させる。1,2度カラ踏みしてから左足でキック(レバー)を踏み下ろす。少しだけスクリューを捻って回転を上げアイドリングが落ち着くまで待つ。センタースタンドを掛け靴ヒモの端を靴の中に収めてヘルメットを被りグラブを填める。アイドリングを2,400rpmに落としてまだ明け切らない夜、ライトを点けてそろそろと車体を走らせる。リアタイヤにトラクションを掛けながら落ちるように急勾配の坂を駆け下りる*。

コレがMV125Sの発進の儀式...というほどのことでもないけど、IGN.キーを入れてすぐ走り出せるわけじゃない。昔のバイクは皆こんなもんで、気温や湿度で調子の加減をしてやらないといけない。ただコレは面倒なわけじゃない。ヘルメットを被るのと同じ、いつもの習慣だから。あ、1アップ4ダウン右シフトも慣れだから。

非力なバイクだからシフトワークに気を遣う。横浜など坂の多い街中では尚更で、うっかりミスをすると登っていけない。スピードを乗せて走らせるためにはスムーズなスロットルワークとコマメなシフト操作は不可欠。減速はエンジンブレーキを常用する。基本的にフロントブレーキを使う時代のマシンでないし、リアのドラム(ブレーキ)を多用してはいけない。容量的には最少限、ライニングを必要以上に減らすかスプリングをねじ切ってしまうことになる。かといってそれほどシビアなわけでもないけどね。

全然速くない。せいぜいガンバって最高速は110km/hが限度だろう。ライダーの体重が重要なファクターだったりする。だからこのバイクはヘルスメーター代わりだ。
でもワタシには体感スピードは充分、性能を使い切ってマシンを操る感覚の楽しさがある。細いリアタイヤ(ストックは2.75、私のは3.00)で速く走らせるのも慣れが必要だけど、リアタイヤを軸にクルクル回る乗り方は50年代のParillaパリッラ等の古典的イタリアンの作法に通じる。

このバイクを走らせるときは他の事を考えられない。というより、そんな欲張った気になれない。古き佳き時代のイタリアンバイクの良さが集約されている。誰にでもオススメできるバイクじゃないけどいつでもハレの気分にさせてくれる稀有な存在だ。

日本ではカジュアルはスポーツウエアのように認識されているけど、このバイクはノーネクタイのジャケットを羽織ったカジュアルのようなものだ。

*以前横浜の三ッ沢坂上に住んでいたから、行きは落ちるように下って帰りは勢いを付けて登っていた。
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【本日の写真】MV Agustaアグスタ125GP
実はまだ仕上がっていない。詳細はサイトページに詳しいけどリンクを辿らなくていいよ。オリジナルとの違いはカラーリングとF.ブレーキをドラムにしているトコくらい。あ、マフラーもね。

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›September 17, 2004

垣根は蹴倒す

ゲバラは39で死んじゃったけど

天邪鬼だから昔から他人ヒトと同じこと、同じものがイヤだった。それはアイデンティティの確立にはオリジナリティが全てに優先すると考えてきた所為もある。だから世間一般でフツーと思われている事物はホントにそうだろうかと疑うようになっている。捻くれているってことだけど一般常識は周りの環境の尺度でしかないからトコロ変われば非常識であったりするでしょ(前エントリ)。

日本のインテリア雑誌はいつも同じアプローチでつまらない。それは目指すところが「快適でカッコイイ生活」、あるいは「お洒落な暮らし」だから。インテリアのスタイルや時代の流行もある。Eamesイームズとか北欧家具とかね。でも本来それは住む人の体験とライフスタイルが反映されているべき(はずの)ものだからモデルルームのような付かず離れずの趣味の空間は嘘っぽい。
カッコイイ」って何だろう?「居心地のいい」の同義語ではないし...ファッションのように異性や誰かにモテたいからとか、もちろん自己満足でいいけど、そこに自分らしさ;個人のキャラクターが投影されていないと落ち着かないだろう。ただ画一的なスタイルで満足できるのは幸せなのかもしれないとも思う。その意識(差別化を考えないでいること)が日本の経済をここまで発展させる原動力の一端を担ってきたともいえるから。

モノ(Object)を価値観の基準にすると、同じ金銭感覚を持つ同好の士は得られても同じ感性と皮膚感覚で趣味を共有できる関係は難しい。好きな音楽や食べ物で繋がっている方が豊かな関係を保っていられる。人付き合い悪いし、ツーリングやレースをメインに付き合うならいいけどただ会ってダベるってのはもういい。バイク野郎とツルまないのはそんなワケもあるんだけど。以前"社会常識の温度差や空間の尺度、高度差等の体感ギャップにワクワクする"って書いた。そのギャップの有無を分かるモノ(Subject)の見方をしている人達と繋がっていたいと考えている。

過半数のヒトの支持を得たいとは思わない。それでは自分が埋もれてしまうことになるだろう(以前市井の人になるって言ったっけ?)。100人に2人でいい。このブログや今のネット環境は時間や地理的な制約を超えて、そんな人との出会いを可能にしている。極端に言えば98人の敵を作るということでもあるけど、それもいいではないか。
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【本日の写真】映画『モーターサイクル・ダイヤリーズ』ほか
来月公開される『モーターサイクル・ダイヤリーズ』は伝説の革命家エルネスト・ゲバラの若かりし日の著書『モーターサイクル南米旅行日記』を原作とするロードムービー。"チェ"ゲバラに傾倒するしないはともかく、無鉄砲で情熱的なゲバラの青春に共感出来るかもしれない(実は、昔原作を読んでいるけどあまり強い印象が残ってない...)。恵比寿のガーデンシネマは好きな映画館だから期待しよう。この映画はメキシコのガエル・ガルシア・ベルナルが演じているけど来年にはあのデル・トロが主演する『Cheチェ』が公開されるという。しばらくは"濃い"ゲバラグッズが巷に出回りそうだ。因みにバイクは'39年Nortonノートン500だよ。

›September 14, 2004

リアルな虚像

バーチャルは分が悪い?

実際会うとそうでもないと思うけど、このブログのサブキャッチのように偏屈オヤジだしムカツクようなこと平気で書いてるから。バイクに金をつぎ込んで鼻持ちならないイヤ~なヤツのイメージない?よーく読んでくれる人は判って貰えてると、勝手に解釈してるけど。

Ferrariフェラーリのミーティングに出くわすと金持ちが優越感に浸って...みたいに思わない?もちろんそういうオーナーも中には居るけどほとんどはそんなことなくて"フツーの人"(って?)だ。そう思う方に勝手な先入観と劣等感があるからなんだな。2輪にもそんな意識を持つ人がいて、話をすると疲れてしまうことがある。イタリア車特にMV Agustaアグスタなんか持っているともうそれだけで「お金持ちー」って思われてしまう。確かにMVオーナーは燃費や維持費なんて考えてないけど。
日本では今でも趣味嗜好品はイケナイ物、贅沢品のように思う風潮が残ってるんだよね。「分相応」って言葉があるけどそれは誰が決めるわけ?ココが壊れたとかパーツがないとかの会話も持つ者の驕りになってしまうらしい。価値観の違いだからと切り捨てちゃうのは楽だけど、Hondaホンダのバイクも持ってたりするわけで...。自己満足も人それぞれだし、自分の趣味も尊重して貰いたいから人のことを貶したくない。だからフツーの会話をしようよ。

高飛車な商売をしているとは思う。やっぱりMVは特別で、アグスタF4のパーツを安く手配して貰えないかって問い合わせもあるんだけど、そういうのは嫌なんだ。メーカーが安売りしないようにしているバイクだし、少しぐらい安く買うことに何の意味があるのだろうと思ってしまう。お金を出せばいつでも買えるものは他を当たってよ、と言いながら日銭を稼がなくちゃいけないんだけど^^;

バイクのいいトコは乗ってナンボだから、いくら高級でお高いバイクでも威張れないってことだ。趣味だからお金を掛けた方がエライってこともない。いかにお金を掛けないでって自制もアリだし、メーカーもそうだけど排気量の大小による優劣なんてない*。レーサーじゃないんだから速いのが一番なんてこともない。日本ではイタリアンバイクというとDucatiドカが代名詞だけど、イタリアでは単に一つのブランドだし大きな排気量のバイクは限られた人達のものでしかない。で、イタリアでは旧車趣味はミクロなのね、より小さい排気量の方に向かっていく。年を取って体力的な制約かもしれないけど旧車の50ccクラスのクラブは熱い。週末のイベントはハゲたオヤジと白髪の紳士で盛り上がる(やはり先には自転車があるような気がする)。そういう点ではイタリアの旧車を取り巻く環境は居心地がいい。もっともイタリアでも前提条件として生活にゆとりがないと維持したりイベントに参加したりも出来ないわけで、自ずと裕福なオーナーが多くはなる。自宅に招待されてビックリということも一度や二度じゃない。でも共通の話題はお金と関係のないところにあるから楽しい。

ここには自分の意思を提示しておくわけだ。オモテウラじゃないし二面性があるってわけでもない。こういう趣味ですって宣言しておくと価値観を相容れない人は入ってこない。でもこことサイトページから伺えることが私の全てかもしれないし、ほんの一部でしかないかもしれない...バーチャルな実像ではあるんだけど^^。

*日本車のリッターマルチのオーナーの中にはそう思っていない人が多い。それは「いつかはクラウン」みたいなもの?「いきなりクラウン」てのもあるけど。あ、MVの4気筒もそうか...。

›September 13, 2004

Tシャツ第三弾

残った花火(待機分エントリ)を打ち上げる

やり残した夏の余韻を漂わせて朝夕めっきり涼しくなってきた。8月はオリンピックと台風と地震と噴火と、夏休みと盛り沢山でテンテコ舞い(略して"テンコ盛り"、じゃない)でした。
さて一般的にはTシャツの季節も終わりですが、南の島に居るワタシは年中Tシャツです(気分だけ)...それほどでないにしても真冬でもインナーはTシャツ1枚ってことが多いからタンスにしまわれることの無いアイテムです。
数枚のTシャツウエス逝きになった一方、新規に加わったものははたしてオレンジとイエロー物がほとんど。オレンジジュースの応募で当たった物まであるし。前回購入のユニクロモーターオイル系はイマイチ出番が少なかったけど、まだ使えるでしょ。

一年中Tシャツでいるというのはお気楽さを体現するようなもの。フツー日本では仕事の都合や社会的年齢的なこともあってなかなか難しいでしょ。オンとオフは服を着替えて切り替えるというのも判るけど、面倒なんだ。それはTPOを楽しむのがイヤなわけじゃなくて、周りの人達に分かるよう皆とお揃いにするのがイヤなんだな。

姉妹サイトで扱っているSailorJerryセーラージェリーも昨年辺りから漸く認知されてきた。ここの長袖Tはお気に入りだけど今の商品ラインナップにはない。ストレッチ素材だからちょっとマッチョでゲイっぽい。
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【本日の写真】秋の若作り算段
夏の終わる前にユニクロで見付けたのはこの長袖プリントT(実物は写真よりタイトでヨレヨレだよ)。これにアバクロカーゴパンツを合わせる。このパンツ、シルエットはとび職装束に近いか...。で、足元は昨日のWalshウォルシュ(紐は白)。トップスにまた派手めなシャツ持って来れるでしょ。

›September 12, 2004

タートルズになる*

スカジャンは気になっていた。

ファッションは目立つことだけど、いい子だから!母親が目を顰めるような格好はしない...と、言いながら一際目立つ赤やオレンジ色の服を着てるな。
そういう点でもスカジャンはサテン地のテロテロした感じはチンピラみたいなイメージだから欲しいアイテムではなかった。この呼称もいけない。"スカ"は横須賀のスカだけど"空かす"とか"賺す"とか良いイメージの言葉じゃない。
ヨコスカの街との繋がりもないし、そもそも当時日本に居た米兵の勘違いした日本のイメージだから図柄のモチーフも富士山はともかく鷹や虎や龍だったりして。フェローズ東洋エンタープライズの製品のようによく出来た現行の商品もあるけど安価なのは刺繍のクオリティがどうも...でも何より図柄がねぇ、なのだ。日本地図なんて背負いたくないし、スカル/ドクロ柄にしても不良のアイコンという薄っぺらな"アップリケ"みたいでイヤだった。スーベニア・ジャケットと呼ばれるように所詮お土産モノだから作りが云々ていう代物でもないんだろーな。
つい先日sadan氏もブログにエントリしてたけど、スタンスは近い。健全な人?にはあまり縁の無いワードローブに違いない。スタジャン(スタジアム・ジャンパー)...本来「バーシティジャケット」「レタージャケット」と呼ばれるモノもあるけど、70年代のアメフトブームの時代から日本じゃ縁がないだろ、無意味な数字とかエンブレムはカッコ悪りーって思っていたし、意味も知らずに堂々と欧文のTシャツを着る勇気もないよな。

あ、スカル繋がりで思い出した。今"TOO FAST TO LIVE TOO YOUNG TO DIE"氣志團のアルバム名らしいけど...本来は"Too Fast to Live, Too Young To Die"(落ち着くには早すぎる、死ぬには若すぎる)、これはVivienne Westwoodヴィヴィアン・ウエストウッドのショップ/コレクション名。Sid Viciousシド・ヴィシャスに傾倒する輩にとっては座右の銘といえるフレーズだ。

でも、このスカジャンの図柄と刺繍の仕上げの良し悪しは職人の腕次第だから当時物でセンス良く仕立て上げられたモノが存在する。あまり目にする機会が無いから忘れかけていた。(自分にとっての)"ピン"を見ていると"フツー"の出来の真似っこあるいはTOO MUCHな復刻モノはNGだし、昨今使わないものは要らないと思うようになっているから尚更だった。ところがこの"伝統的な"モチーフ;虎と龍は中国意匠でもあるわけで、上海のチンピラになりきるには都合がいいのではないか、と気付く(...いつまでも落ち着かないオヤジだと我ながらアキレる)。

*タイトルはsadan氏のタートルズのスニーカー1,2に感化されてかWalshウォルシュのランニングシューズを入手したから。オサレ系じゃなくてスーパーのワゴンに乗っていそうなCOBRA。キッカケがないと物欲が生まれないけど他意は無い^^。
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【本日の写真】Souvenir Tour Jacket
それがコレ。50年代のオリジナル。オモテ別珍地に虎と龍の刺繍、リバーシブルのウラは龍と風雲。このくらい控えめなら使えるかなと。全然安くないけど...。

›September 11, 2004

光熱費が嵩む

たまに雪崩や地崩れが起きる

えのあきら「ジャジャ」5巻
東本昌平「CB感。REBORN」002が出てるよ、
と新しいネタから振っておいて...。

人に本棚を見られるのはちょっと恥ずかしい。別に恥ずかしい本?が並んでいるわけじゃなくて、自ずと趣味嗜好の本が並ぶわけで捻くれてる傾向が判っちゃうでしょ。月2,3冊の単行本やイレギュラーのコミック本等を除けば雑誌だけど普段購読しているのはこんなの↓(順不同)。

月刊「料理王国」
 ...突き抜けた料理の本。日本のピカイチはここに載っている。写真もキレイだけどその分高い。
月2回刊「POPEYE ポパイ」
 ...必要な情報が載っているときだけ。切り抜いて捨てるか梱包用資材になる。
月2回刊「BRUTUS ブルータス」
 ...創刊から買っているからもうずいぶん長い。途中ちょっと止めて今はたまに買うくらい。
月刊「Casa BRUTUS カーサ ブルータス」
 ...好きな建築家のときだけか。
月刊「Free & Easy」
 ...これもずっと買ってるけどもうやることが尽きた感じ。季刊のムック本でいいんじゃないかと。
月刊「STREET BIKERS' ストリートバイカーズ」
 ...フラットトラック関連4ページのためにまだ買っている。流行りも分かるけどもういいか。
月刊「TITLE タイトル」
 ...特集次第。半分はいらないページ...というか、全く興味のないレギュラーページがある。
月刊「monthly m マンスリー・エム」(サイトは閉鎖してる)
 ...これも創刊から。最近ちょっとマンネリ気味、モノカタログとレストラン選びは飽きてきた。
月2回刊「Pen ペン」
 ...ギリーの頃から。"1点モノ"カタログからアナログ情報誌に。インテリア特集はフィガロとかぶる。
月2回刊「madame FIGARO japon フィガロジャポン」
 ...女性ファッション誌だけどインテリア特集のとき、スノッブな海外特集は海外に行きたくなる。
月刊「HUGE ヒュージ」
 ...20代のストリートファッション誌。高品質(無意味)なデザイン?で差別化を図ってるけど...中身はないか。
月刊「Esquire エスクァイア」
 ...これも特集によるけど南の島、リゾート特集は買う。美容室向きか。
季刊「Men's non+no. G メンズノンノ ジー」
 ...キムタク本?とりあえずハイブランドのシーズンごとの傾向を知るにはいい。
月刊「FUDGE ファッジ」
 ...女性誌だけど単なるファッション誌でないところが結構気に入っている。
月刊「Ku:nel クウネル」
 ..."引き篭もりのススメ"あるいは早くおばあちゃんになるための雑誌。都市部でなくとも生きていける。
月刊「CHAI チャイ」
 ...最近アカ抜けてオシャレになった中国情報誌。ポイントはちょっとズレてる?
月刊「Memoメモ男の部屋」
 ...最近身近なリフォーム本みたいで買ってないか...。やり尽くして行き詰った感じ。
月刊「Luca ルカ」
 ...文学少女系アートマガジン。カーサブルータスとダブるけど主婦向け?
月刊「ソトコト」
 ...巻末のスタッフクレジットに注目。錚々たる雑誌作りのプロが揃い踏み。エコロジーはお金になる?

たまに、ということなら他にバイク雑誌や芸術文芸誌もいくつかあるけどキリが無いしね。昨今アート本や大判写真集を買うことは無くなったし昔から酒もタバコもやらない。ギャンブル趣味もないから安上がりじゃん!なんて云われてもお金が貯まるわけじゃない。自分にとっては必要経費と思っているけど、そんなのばっか!とも言えるよなぁ。
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【本日の写真】山がひとつ
床の一角に雑誌の山が出来る。昔のも引っ張り出してくるからこの有様。このあと整理したよ。

›September 10, 2004

探し物を探す

フィギュアを集めている...

コンビニで売ってたりオマケの食玩海洋堂のような博物学的なリアルなモノもあるけど、実は小物はダメだ。グリコのオマケのようなもの、ガチャ玩(て云うそーだ)も興味の対象外。ちょっとズレた大きなモノがいい。

模型は好きだけどスケールモデルやミニカーはだから収集意欲が失せた。Alpine Renaultアルピーヌ・ルノーA110の43ダイキャストモデルは全部処分しちゃったからね。Gerald A Wingroveジェラルド A ウイングローブ氏らの精緻なスクラッチモデルは作り手の技術と根気には感服するものの手元に置いておきたいと思えない。昔原宿のセントラルアパート(...って何処?って云われるね)のメイクアップで求めたホワイトメタル(鉛と錫の合金)のモデルAJS 7Rは20年も経つのに未だに完成を見ていない...(ホントはMatchlessマチレスの方が好きだった所為もある)。PROTARプロターモデルもホイール組が済めば終わったようなものだけど、いつも満足がいかない...。ま、プロのお仕事を見ると「自分でやらなくていいやー」ってなっちゃうんだな(知り合いがいるから尚更...先述の同モデルはコレ)。

イタリアの陶芸家で昔のクルマやバイクをモチーフに陶製のオブジェを作っている人がいる。以前日本に作品を持って来て個展を開こうと企画した。結局作品が揃わずに実現できなかったけど、それからかな。模型より本物置き物には別の世界観が要ることに気付いた。だから単体よりジオラマ風のものの方が好きだし、"自分のモノ"(ストーリーがあるもの)でないといけない。

ただ一般のマーケットはアダルト系やガンダム系がほとんどでショップも専門毎にカテゴライズされている。たまにその手のショップを覗くこともあるけど独特な雰囲気は居心地が悪い。目当てのものはピンポイントだから欲しいものはネットから購入するようになってしまう。

いわゆる企業物、販促ディスプレイ用品、ノベルティ物への関心から来ているんだろうけどMichelinミシュランビバンダム人形とか数を見てしまうと在り来たりのモノでは満足しない。より現存数の少ないもの、レア度の高いキャラクターを探す。そして存在感のある大きなもの...海外の蚤の市等では看板・立体モノを探してしまう。実際持ち帰る段になって途方に暮れる...バイクのパーツも同じだ。
昔のチラシやポスターもそうだけどルールを決めて体系的に収集するなんてメンドーだから行き当たりばったり。同じメーカーやキャラクターモノばかり集めることが出来ない。モノ持ちは良い方だけどコレクターとしての資質がないから昔から大事に?持っているものでも手放してしまう。
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【本日の写真】エラソーなブルテリアほか
中央は朝隈俊男氏の作品。HPはこちら。(ワタシは)コレとビール券広告に起用されたパグ以外は良いと思えないけどさ。
[追記] このブチのバージョンは数が少ない(100体限定)所為かプレミアムが付いて価格が高騰してる。わざわざ高値で買わないように...次を探そうや。

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›September 06, 2004

西向きに考える

元々アジアン趣味、てのはなかった

...このアジアってオリエント/中東以東の東南アジアってことね。ワタシは世代的にはファッションはアメカジに始まってデザイナーズブランドのバブル時代を経てヨーロッパのモード志向で、とマニュアル雑誌のレールを歩いてきている...お手本(あるいは反教則本)はPOPEYEポパイというよりBRUTUSブルータスだけど。そして質実剛健、機能本位の機械屋/電気技師の親だからドイツ志向で金属はステンレスが一番みたいな刷り込みもある。

日本のの部分への関心は元々あったけど、ある時ちょっとベクトルを修正して強く意識するようになった。子供の頃から書道をやっていたとか祖母が着物を着ていたこともあるけど畳/タタミや襖/フスマの部屋は好きだし、四季折々の日本の風物はイイねぇと思うのだよ。で、どんなに外国のモノがいいと思ってもどこかに違和感があったりする...自分の根っこ/ベースとシックリ来ない。そこはやっぱり紙と木と土の家かなぁと。
子供の頃横浜中華街で買い求めた中国の文房具(毛筆や墨)やお菓子は違和感があって馴染めなかった。それは単に五感が受け付けなかっただけかもしれないけど韓国の陶磁器も歴史的に辿ると日本のそれと繋がっていると判っても、真っ直ぐ自分との接点は見付けられない。

現代のコンテンポラリーと云われるすっきりデザインされた家具やモノ達は一見無国籍だけど、作り手の根っこの感覚を無視して生まれてくるものではない。ミニマムなものや奇を衒った突然変異的なデザインにしても発想は国民性や生活環境からくるもの、プロダクツは原産地の生産環境と製造規格やらそして辿ってきた歴史との密接な関係があって必然の産物だから...。

日本は島国の所為か外からの文化は流れ着いた"モノ"から始まっている気がする。人の交流ってのじゃなくて。そして雑多な文化の共存・共生は今に始まったことじゃないからそもそも雑種でいることが日本人のアイデンティティではないのか。大枠では他民族との差別化や宗教的なカテゴライズは必要なかったから、個の差別化が個の視点に向かったに違いない。そう考えると日本人の根っこはちゃんと土に埋まってない、池の花蓮みたいに(もっとも、今はひと括りに日本人といえる時代じゃないと思うけど)。

葦やアタ、竹、籐等を編んで作ったバッグやインテリア雑貨・家具は素材の違いこそあれ世界中何処でも見られる製品だ。東南アジアでは今でも昔ながらの製品が造られている。日本では需要は簡便さと引き換えに生き残るのは無形文化財や伝統工芸士の職人芸になってどんどん縁遠いモノになっている。駿河の竹千筋細工の行燈や江戸すだれとか繊細な造り込みに感心してもやっぱり安くないからね。安価な中国製の方がはるかに入手は容易だし、ディテールに拘らないとフツーは使い捨ての代用品に満足してしまう。

東南アジアの民芸品のプリミティブな懐かしさに惹かれるとか、美意識はアプリオリ(本性的)に埋め込まれているとは考えていない。中国みたいに歴史を寸断して生きていく(文革の時代を教えない)とか、自然と隔絶した石造りの建物のなかで個の確立を目指す生き方もあるのかもしれない。
でもね、日本に居るのなら、伝統工芸品は高級品化してるけど日本の気候風土に根付いた粋な文化も愉しみたいと思う。そんな贅沢な嗜好品を求めるのは無駄遣いと言われかねない。現代の職制では工芸を文化として残していく代償が高く付くのはしかたがないと考えられないか。ただモノを見る、使う意識を変えていけば需要も変わってくるはず。昔の技術を生かして今のデザインでモノ作りってのもあるだろう。エコロジーを考えて製品が長持ちすれば結果的に森林破壊の抑止に役立つ、なんて企画書も書ける...もっとも無くなってもいいモノも沢山あるんだけど。
先人の積み重ねてきた文化を大切に守っていくという大袈裟なものではなく、愉しみとして次代に繋げていくのが健全な社会における文化の成熟の仕方ではないか。

最近中国の上海に行く機会が多い。でも中国の昔からのモノ;景徳鎮の陶磁器や端渓硯等の文房四宝等を集めようなんて思っていない。実際に使わないものは要らないし、沢山の本か博物館で本物を観る機会があればいいかなと。...最近贋物というか良く出来た古色仕上げのブロンズ像等使い途のないのも買ってるけど。
かつての植民地統治時代の建築様式を残すのは世界でも少ない。上海は1920-30年代つまりアールデコの時代の意匠を持つ建物が少なくない。それでもそれらの建造物を遺す遺さないの基準は曖昧で、結構気紛れだ。いつまで残っているかは分からない危うい存在でもある。その気紛れに壊された遺物のかけらでも掘り出してこようかと考えていたりする。タイムスリップできる空間が残るところは在るうちに行っとこーという感じ(伊ヴェネチアのリド島の空港は今でもそのまま?)。
価値観のギャップは面白い。実は中国人の考える価値のあるモノには全く興味が無い。そして日本人の私の持つ価値観に13億の人民は気付くまいと思う。意識の温度差とか物価の段差とか、高い所から低い所へ水が流れるときにエネルギーが生まれる。日本に居るとそういうギャップはバリアフリーってことで均されてしまう。中国に長居すると太るし、鼻毛が伸びることを再確認する。しかし居心地の良さからは何も生まれないことに気付く。落ち着いてしまわないよう意識を覚醒させるにはいい場所だ。

かつて羨望の方向はアメリカ越しの東向きだった。でも実はアメリカなんかどーでもよくて、そのずっと向こうのヨーロッパだった。今、西を向いてアジア越しに地球をぐるっと回って日本を捉えてみる。日本という国がベストとは思えないけどここを地球のスタンダードにしてもいいかな、くらいには思っている。
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【本日の写真】クウネラー必携図書
クウネラー(クウネル愛読者をこう呼ぼう)にオススメの本。二戸治身「ほどよい不便」がいちばん幸せ。日本がまだまだ?アジアであることを再認識させてくれる。この写真は写真付きの帯が付いているけど外すと白地の本(Amazonで見るとわかる)。モノに拘るけど平松洋子さんの伊藤まさこまいにちつかうものなんかも。別冊 私の部屋刊の『気持ちいい道具と暮らそう』、『心地よい道具と暮らそう』って本もある(入手が容易でないかな...)。