更新を放棄して、それでもドメインを維持してるのは変だ。
さっさと消えちゃえばいいのにね。
前回のエントリーからそろそろ1年の月日が経とうとしている。
ネコも大きくなって...ってどうも大きくなるネコ種らしく、
今では手足伸ばして1メートル、体重6キロをゆうに超えている。
で、実はそのほかにも2匹の猫が同居してて、各々の関係が微妙で面白い。
ま、それもどーでもいいことだけど。
![]()
実際ワタシはすでに2年以上日本の地を離れて暮らしていたりする。
バイク関連の商売もメールで済むから問題ない(けど、PASSIONは持続しない)けど、
自分の居ない日本は放ったらかしの状態だ。もちろんたまには戻るけど、何をするでもなく、
いや滞在してるうちに日本でしかできない雑務をこなしていると、それ以外思い付かない。
流行り廃りを知る(見る)こともなく、そんな情報が無くても生きていければ
日本に居る必要はないからね。
いろんな部分で関係性が薄れて身軽になっていく。
モノは倉庫に詰め込んでバイクは知り合いに押し付けている。
押し付けられた方は負担だけど、それでもきっと許して貰えてると思ってる。
そこら辺の関係性は薄れても切れることはないだろう。
"気持ち"とか"想い"ってのはすごく不確実で曖昧だ。
時間が経つとボケちゃったり、いいトコだけ残っちゃうからね。
何かモノが介在して寄りかかってる方が意識の輪郭がはっきりしている。
思い出の詰まったモノは捨てて辛いことは忘れるものだけど
輪郭があれば、現実に戻っても繋がっていられる、はずだ。
ウサギが一羽二羽...
「ウサギ増えすぎて堤防が危機」というニュースは
Yahoo!トピックスより先にココで知ったんだけど。
ウサギの脳ミソを食したことがある。
もう20年になるかイタリア語が全然分からない頃、ローマのトラットリアで
「↓これ美味しい?」ってメニューを指差して注文した料理だ。「Bollito dal Carvello」だったか、
何の肉だか書いてなかったと思う。ま、そう訊かれて不味いとは云わないよなぁ^^;
あいにく写真はないけどそのまんまの塊...Brainブレインのイメージを思い浮かべて欲しい。
あ、サイズはウサギのアタマね。グレーのウネウネでちょっと光沢がある。
脇に同じく茹で上げたグリーンピースが盛ってある。グロテスクといったイメージはないけど...。
レバーのようで、フワフワした食感。不味くはないけど素っ気無い塩味で飽きる。半分以上はフォークが進まなかった。そのトラウマというか、ヴィジュアルの印象は後々夢にまで出てくるほどだ。
それは映画『Hannibal』ハンニバルに繋がるか...そっちの舞台はフィレンツェだけど。
インチキ(失礼)Vincent Galloヴィンセント・ギャロの映画に
『the brown bunny』ブラウンバニーというのがある。
一言で云えば「情けないバイク野郎の恋物語」、か。"らしい"といえばそうだけど、作品は自慰的に完結してて面白くない。新鮮味に欠ける...映画でありふれた風景は観たくない、という感じか。
で、「Free & Easy」誌に掲載された写真の彼が
↓MichelinミシュランのナイロンJKTを着ていた。
![]()
それに憧れるのか彼女がファンなのか知らないけど、
このところそのジャケットの人気が上がっている、らしい。
お陰で仕入れれば売れるけど、ワタシ自身はあまり好きでない。
数年前ラビットファーのライダースJKTを作ろうとしていた。
ファッション界はしばらくの間、動物愛護の観点から毛皮が敬遠される傾向にあった。
けれどそんなこと云ったら皮革製品は全てダメということだろう。意味のない自粛は反動でか
同時期に複数のフェイクでないファー使いのコレクションが発表された。
型押しはもちろんクラック・ダメージや表面のアンティーク仕上げ、洗いをかけた加工等、
ブロークンなファッションも行き着いた感じで、そろそろエレガントな要素が求められていたのだろう。
結局ワタシは手が遅いから、機先を制されたらやる気が失せる。
分解されたドナーのJKTと牛2頭分のなめし皮は部屋の隅にぶら下がったまま。
リベット止めでRivet Jacket(Rabbit Jacket)を考えて日本にない規格サイズのアルミリベットや
デットストックのTALONやConmarのジッパー、Silver925のオリジナル引き手まで用意したんだけど^^;
で、うさぎと云えば、上野の「うさぎや」1., 2., 3.。
たまーにココのどら焼きをお遣い物にする。
忠三の銅鑼焼より大きめでカジュアル度が高くイヤミがない。
「うさぎや」って日本橋にもあるんだけど、暖簾分けってわけでもないんだよねぇ。
ドラ焼きというとドラえもん、「文明堂」の三笠山だけど、
以前日本橋(店)で販促のプレゼンをしたことがある。
でーもね、「ダメだこりゃ」って感じ、新しいことはやりたくないみたい^^;。
この「文明堂」ってお店は沢山あってややこしい。
知ってるだけでも横浜(実質HPはコチラ)や日本橋、銀座とあるし。
ロゴマークを見ると繋がりはありそうだけど何処も詳しく書いていない。
ま、どーでもいいや。
[オマケ ] うさぎ饅頭 ってこんなにある!
趣向を示すモノやコトとの関係性がその人の人間性を浮き彫りにさせる。
マーケティングの世界では常識だけど、より細かいカテゴリー分けがフレキシブルに出来れば
「この商品を探している人は、こんな商品にもピクピクしています」的な販促に活用できるね、
と思うのだよ。
何でもござれ
建築家ミース・ファン・デル・ローエのless is more(少ないほど豊かである)という言葉に象徴されるモダニズムが目指した簡素で合理的なスタイルに対し、アメリカのロバート・ベンチューリはless is bore(なかったら退屈じゃん)という言葉をキーワードにポスト・モダンの流れを創った。
家具や食器も同じだけど、北欧のデザイン物はスッキリしてるけどモノとしては物足りない。デザインが主張し過ぎるのはNGだけど、やさしいデザインっていうの?そういう毒気のないのも好きじゃない。Danskダンスクの陶製カップがイイと思って買い求めた頃もあったけど食器はセットで揃えたくないし、木目のインテリアとか富良野の森の暮らし?とかが浮かんできてしまう。Eamesやパントンがもてはやされるのも分かる。いや、全然否定はしないけどワタシの趣味じゃない。
MUJIやFrancfrancのも単品ではもたないし、かと言ってそれだけ(で統一する)ってことはあり得ない。先日覗いた香港のショップGODも幅広くいろいろな製品を作っていたけど、目に留まるのはちょっとズレた小物くらい。↓アパート柄のバックとかフロッキープリントのスウェットとか。
![]()
The Conran Shopは価格帯がズレてるし、Living Motifはギフト向きで実用品じゃない。
BEAMSやUAをひと通り"見学"して、結局収穫は100均ショップのプラスチックケースだったりする。
シンプルがベストとは思わない。モノを持たずに暮らせればいいけど、そうはいかない。贅肉を削って骨だけになっても、骨に模様を入れたりしてしまうし↓。
なけりゃイイってもんでもあればイイってもんでもないからややこしい。
だけど、古今東西何でもアリの選択肢から何も選ばないってのも贅沢な遊びか...。
[実験的エントリ その2] Less is Bore FM; Oct. 10th 2003
----------------------------------------------------------------------------
【本日の写真】工作中 FM; May. 25th 2003
フレア模様は不良の証?、スカルとフレアはHot Rodには欠かせない。というわけで以前足を引きずっていた頃ステッキを作った。当然ながらコレは象牙でなくレジン製(...骨を削る時の臭いはキライだ)。今回気になっていた彫りの甘さを修正中。
![]()
スロットインの旧iMacがある。
今更売っても二束三文だから置き物になっている。MOに入った昔のデータを取り出すときに立ち上げるだけだ。Mac(マック)はOSX以降本気で仕事で使ってないからよく分からないけど、フリーズしたりしなくなった?昔はデータの保存にグルグル時間が掛かったり、途中でフリーズしてなかなか作業が捗らなかった。経済的な都合でふんだんにメモリを積めなかった所為もあるけど、2つ3つのアプリケーションを同時に立ち上げて使えなかった。Macと付き合っていると人間辛抱強くなるし、実はそーゆートコが信奉者を生む要因に違いないと思ったものだ。
昔々、半年仕事をして半年遊んでいた...絵を描いたり何かを作っているか、外国に行ってブラブラしてた時期があった。器用に切り替えて他のことや同じことの繰り返しが出来なかった。でもそう簡単に性癖は変えられないから(変える気がないから!)、これは今も同じだな。何かに掛かりきりだともう一方が疎かになる。あれもこれも少しずつ手を入れながら一緒に仕上がって、カラッポになって「次~!」ってことになる。そのスパンはだんだん長くなって今では終わるのかどうかあやしいものもあるけど。
Macユーザーだったからでもないけど、これを私は"マック体質"と勝手に呼んでいた。だから、もし今そんな旧態然とした煩わしさが無くなって快適になっているとしたらその認識を改めないといけない。
最近、PCを一旦Windowsに移行したのにMacに戻る人が増えているという。OSや性能は勿論だけどハードのデザイン的な要素が寄与しているんだろう、新製品の話題性もあるし。
このiMacはQUADのアンプやRogersのスピーカーのように使えるだろうか。
[実験的エントリ その1] シングルタスク FM; May 23th 2003
カメラを探していた。
旧車や昔のモノを扱っていると新しいモノには興味が無いと思われるけど、そうじゃない。そして古ければ何でも良いわけでもなくて基本的には自分の生きてきた年代のモノにしか興味が無い。コレクションなら昔欲しくてお金が無くて買えなかったけど余裕が出来たから今になって集め始めるということもあるかもしれない。でも私自身は収集する趣味は無くて、実際に使え(わ)ないモノは要らないと考えている。モノには執着しないけどTPO/使い途に拘る。だから今使いたいモノがあれば新しいモノでも欲しくなる。
自分のカメラの使い方を考えてみた。
旅行での記録用としてポジ(フィルム)が必要だった頃はCONTAXコンタックス Tを使っていた。コンパクトで高性能という機能はその目的にうってつけだった。ツァイスのレンズにポルシェデザインていう所有欲をくすぐる出自も惹かれた一因だ。あまり使わなくなって処分したけど、モノとしての魅力は消えることが無いからどこかで後悔はしていた。ただ、それを今持っていても使わない。日常的...商品の撮影や情報を記録・加工するということ、には最新のデジカメの方が向いている。撮影したフィルムを現像して印画紙に焼き付けるプロセスやその実体としてのプリント写真は好きだけど、カメラの機械に凝ったり収集する趣味はもういい。まして今さら自分で現像用の器具を揃えるつもりはない。以前AF(オートフォーカス)はダメだったのは一発入魂でゲージツ作品でも撮ってやろうという気があったのかもしれない。
手元には一眼レフならOLYMPUSのOM-1やハーフサイズならOLYMPUS-PEN(EEね)がある。自分ではどちらも悪いカメラとは思っていない。だけどヤマっ気が無くなっても実際どちらにも手が伸びない。一眼レフは換えのレンズまで持ち歩きたくないからだし、オリンパス・ペンは”使えない”からだ。あ、LOMOもあるし、ハリアナ写真も好きだけど...もうちょっとフツーの写真が撮りたい。
で、思い出して手に入れたのが↓コレ。
![]()
OLYMPUSオリンパス Écruエクリュ(仏語で生成りの意)。特筆すべき特長は...ない。仕様はコチラ。
1991年に限定20,000台、55,000円で販売された(単体写真だと大きく見えるけど左右幅は10cmほど)。これはウォータースタジオ代表坂井 直樹氏と現Leading Edge Design主宰の工業デザイナー山中 俊治氏の仕事。日産(自動車)のBe-1やPAO、Rasheenなど、バイクはスズキのSW-1などで有名だ。同じオリンパスの少し前のO-ProductはMoMAにも収蔵されているけど実用には向かないカタチだからね。
もちろんこのエクリュは箱入り新品の出物もあるけど、使い込まれることはないから中古品で充分。
に、しても当時の10分の1ほどの実勢価格で買えてしまうのは嬉しい半面悲しくもある。
プロダクト製品は進化するばかりで過去に戻ることはない。一時的なブームで表層的な(パッケージが)懐古趣味に走ることはあっても本質は進化でしかない。でもそれら昔の製品を否定するつもりはない。ただ現代のモノにない良さを見出して再評価しようとか、単なるゴミにしてしまうのは惜しいからそれらを今の時代に合わせて(直して)使おうというわけ、でもない。限定した用途の中で活かしてみようということ。
「旧車を弄る」のも同じことで、昔のバイクやクルマを現代に甦らせようとするとアチコチ不具合が出てくる。電気ダメ、スピード出ない、止まらない等。でもだからといって新しいパーツに取り替えて、現代の技術と素材を投入して今の製品と遜色の無いところまで持って行こうとして何になるだろう?当時のバランスで組み上げられた製品をバラすことはないでしょう。そのままで使う...そういうモノであると考えて使い途を限定して使い分けをするべきではないか、と思うわけ。
今はインターネットがあるから欲しいモノを家に居ながら手にすることが出来る。それこそ地球の裏側からジュータンを買ったり、とても旅行でも行かないような場所から翌日には新鮮な野菜を届けてもらったり。海外の遺産も沢山あるけど、もうそろそろ”外”のモノは十分じゃないかな、と。地場の野菜が健全に作られて流通するように、とかね。
幸か不幸かは別にして日本にはバブル期に生まれた(作られた)様々な変なモノが存在する。本当に必要な機能だけならいろいろ新しいモノを追っかけなくともいいんじゃない、と考えて今の気分でモノ探しをしてみる。そうするとまだ何か自分だけの価値観で引っ掛かってくるモノがありそうじゃないか?
さて、そのカメラエクリュはすごく今の上海っぽい。いまだにカメラは黒銀の世界だから、白は目に新鮮に映る。でも流行りの白い家電の虚飾を削ぎ落としたデザインではないハリボテ感というか、とりあえずの間に合わせ、な感じ(に見える...)がしっくりくる。発売当時は考えられない作り手の意図しなかった使い方が出来そうでしょ.^^ で、早速ストラップをポラロイドSPECTRAの黒いヤツを加工して付ける。オモテを「HAP JONES」日の丸仕様、ウラを「Campyキャンピー」仕様に...分からないか^^;
![]()
引出しをひっくり返して、身近に在るモノを使いましょう...というリダンではないリサイクルのお話でした。
トレーサビリティ[Tracability]は...
英語の「トレース」(足跡を追う)と「アビリティ」(出来ること)を合わせた言葉で「追跡可能性」と訳される。
食品の生産・加工・流通等の各段階で原材料の出所や食品の製造元・販売先等の記録を記帳・保管し食品とその情報とを追跡できるようにするものだ。食品流通の世界では一般化しているシステムだけど、今衣服の素材等の原産地の追跡が進んでいる。ま、ちょっと考えると分からなくもない。今着ている服の繊維が何処で作られ糸が何処で紡がれたものか。何を食べていた蚕の糸?ってあまり気にする必要もなかったことだけど、エジプト綿とかハリスツイードとか品質ブランドの向こう側にはあるワケだから。それは成熟したモノへの拘りで贅沢なお遊びのようだけどそうではない。全ての素材の出所を追跡することは生産環境を意識して監視することになる。生産効率が第一義ではなく環境への影響を配慮したモノ作りを目指そうという表れだ。
もう地球は十分に狭くなって、流通で素性を誤魔化すということは出来ない世の中になった。
さて、実はこの”原産地証明”ってのはオートバイの世界にもある。昨年は日本でも大掛かりな窃盗団が検挙されたけど、昔から欧米では盗難車の”ロンダリング”が問題になっていた。バラして個々の部品状態で捌かれたり、地続きのヨーロッパでは足が付き易いからと結局情報に疎い極東の日本に流れてきたりする。車体番号等管理のしっかりしているメーカーの車両はまだしもメーカー自体が現存してなかったり当時の情報そのものが失われていることもある。輸入する業者も購入者も盗難車と知らずに買わされるケースがある。出所の明確な物件以外は手を出さない方が無難ということ。旧車を日本に輸入する場合は販売者あるいはオーナーの信用を元にその車両の素性を確認しないといけない。現実にオートバイはパーツで組み上げることが可能だから、素性のバレない部品から造られた車両が存在する。だから少しでも疑わしいものは敬遠すべきということだ。
昨今昔の車両に関しては皆がシビアになって少しはマシになってきた...わけではなく、流通量が減って話を聞かなくなっただけに違いない。世界中で車両の盗難が減っているわけではない。
そして新たな”ロンダリング”方法が生まれている。ネットオークションがそれだ。ebayやYahoo!等の出品物件には怪しい商品が多数存在する。誰でも容易に参加できるメリットは買い手だけでなく売り手側にも都合よく作用する。トラブルの詳細は詳しいサイトもあるだろうからそちらに譲るとして(手抜き)、システム側の規制やセキュリティはもちろんだけど買い手の注意である程度の抑止は可能だ。資源のリサイクルは賢い節約術の一つではあるけど、その点を留意して活用すべきだと思う。
...堅いエントリだな^^;
ないものねだりで何処へ行く~
Bikers Station誌のコラムで長尾藤三氏が真っ白ページの広告の話とヘンリー・D. ソローの「森の生活」の内容を引用してないほうがいい生活のススメを説いている。全く同感で、ここ1,2年私もずっと考えていたことだ。最近二期グループの広告コピーにもその本の名があって、市場ニーズも行き詰った感もあるから時代の空気もそっちなんだろうね。
AERAの増刊号ではBaliバリに移住した夫婦や北京でののんびり"慢慢生活"を紹介している。これからはあえて快適さを捨てるという選択もアリだろう。
モノに拘って無くてもいいものを態々探してきたけど、実は身の周りには無くていいもの=要らないものが溢れている。ホントはバイク(M/C)だって在るといいけど無くていいものに違いない。旧車を愛でるのも新しいモノを追っかけなくなるから無くていいものを削っていったらそうなっただけ。在るモノを大切にするという大前提はあるけど、それ以前に要らないじゃん!ってことだよ。
モノ(と情報)のないトコロでは物欲が湧かない。欧米でなく、東南アジアを旅行すると様々な場面での不自由さに苛付く。でもしばらく過ごすとその不便さが快適に思えるようになる...慣れるということではない。バリに住むというのもスピリチュアルなものを求めているわけではなく、単にシンプルに生きるということかね。
上海でバイクに乗るのは(オモテ向き)お仕事ってこともあるけど、単に何処に居ても異邦人でありたいからかもしれない。実際の上海は旅行雑誌のイメージ写真ほど未来都市じゃないけどハリボテ度は映画のセットを凌ぐ。スクーターより長江の黒塗りサイドカー*(以前のリンク先ページ無くなってる)、それがBaliバリならサビサビのラットべスパが気分だろう。フツー現地の生活に溶け込むのが快適な生活かもしれないけど、ワタシはダメみたい。日本での生活をそのまま持ち込むのではなく、自分の既成イメージを現地で修正する感じか。
やっぱり月収1万円くらいの店員に2万円のハンコをポンと注文しちゃいかんよと、激しく自戒。
以前2輪はツインまでと思っていたのに4気筒モデルを組もうと画策してるし、イカンね。
TPOを考えると仕上がったらイタリアに置いとけ!ってことか...。
*現在上海市内では大型バイクの新規登録は(表向き)できない。
ただ実際に稀ではあるけど走っているから、乗れないわけじゃーない。
バリもそうだけど小さいモペットやスクーターは事故を招くようなものだから出来れば避けたい。
だから大型や左右幅のある車体のバイクがいいんだよ。
----------------------------------------------------------------------------
【本日の写真】明日のために
言ってるそばから...。これはMagniMV600用に(とりあえず)取り置きしてるもの。こーゆーパーツはいざ探すと見付からなかったりする。モノ探しは継続だったりするからややこしい。シンプルに生きるのは刹那的でもいいけど、意思を繋げていくのはガラクタも抱えていかないといけない...。
![]()
きっと派手好きなんだ。
ワードローブのアウターは赤やオレンジが多いし(サイトページで確認しておくれ)。街を歩くと周りが地味なんだな。特に最近の出没地域は東京でも"ジジイな"東部だから、きっと浮いているに違いない(自分は見えないから...)。人いきれでシンドイ反面渋谷辺りの原色の溢れている街の方が居心地は良かったりする。
高品質ってのもどーも苦手だから最近ツイードのジャケットやカシミアのコートは出番も無い。フランネルのJKTは洗濯機で水洗いしてヨレヨレにしちゃうから、"オトナでオサレ"な世田谷地区や新しい横浜の街はどうも馴染めなかった。
5,6歳の頃赤いシャツを着てベレー帽を被っていたくらいだから、人と同じモノやコトがイヤなのは今更直らない。根がアバンギャルドなんだろーな。
カブリ物は似合わない、らしい。顔が大きいわけじゃないけどジェット型のヘルメットはどこかオカシイ、らしい...。帽子は好きだからよくニットキャップは被っていたけど周りのウケは芳しくない。ファッションは所詮自己満足だけど、そう云われると少しは気にする。最近CA4LAの革製クロッシェが気に入ってるんだけど...。
ちょうど黒ずくめのコム デ ギャルソンの時代だけど黒い服ばかり着ていた頃があった。ヨハネス・イッテンにカブれて色の組み合わせが面倒に思っていた頃でもあったから黒一色は楽チンだった。茶色の靴は背伸びする感じがした。今は黒い靴の方が着こなしが難しいと思うけど...。ファッションで遊ぶのは散財して懲りて学習するという経験も必要だけど、自分のスタイルを持つという意識だよね。
日本に居ると選択する自由というか選択肢が豊富だから何でもアリだ。それは階級/クラスとかTPOとかの制約が曖昧なこともあるけど、周りの評価はどーでも良くて無関心になっている所為かもしれない。フツー(一般的に)他人との差別化は個性という言葉で置き換えられるけど、日本の場合は嗜好が多様化して市場も混沌としているから一概にそうは云えない面もある。だから様式や流儀に倣ったスタイルも新鮮ではあるけど...それもそんな雑多な趣向の一つか。
少し前雑食で無国籍は日本人の特性であると書いた。日本は食べ物も衣類も身の回りのもの全てが世界中から寄せ集められたモノに溢れている。もちろん何でもあるわけじゃないけど、少なくともピンのモノは揃っている。おそらく世界で一番洗練されたモノが集まっている。でもショーケースの中身は日本に在っても意味の無いもの、根っこのないモノばかりだ。最初にモノ在りき...コーヒーより先にエスプレッソマシーンがやってくるようなものか。実際モノの本質はそのキリのモノにこそあると思うから、料理もそうだけど本質はその場所に行かないと見えない...あるいは外からしか意識することが出来ない。
ま、見えなくていいのか...見えちゃうとどーでも良くなって経済が動かなくなっちゃうから、
島国日本万歳!ってことか。
存在は実体だけどイメージは浮遊する
リアクタンツのサイトは9月末で開設して6年目を迎えた。元々ショップのHPはガラクタを売るためじゃなかったけど...何だったっけ?
そもそもショッピングページは後付けなんだよね。単に趣味のページ(今はメンテナンスを放置しているトコ)のようなものからスタートしている。サイト自体は順調というか、存続させて貰っているから有り難いことだ。個人的にはゴタゴタがあって月日が経つのが早いような...否、長かったような気もするけど、(頑固だから)自分はずっと変わらないスタンスで生きている。
発端は居場所に限定されないビジネス(商売)の形態だった。それはサイトページにON THE EARTHと書いているように実店舗は不要と考えていた。今はチマチマした小物の常時在庫品があるから倉庫が必要だけど、当初は依頼を受けて車両(バイク)やパーツを探すというカタチだったから。大事なのは自分を信用してもらうこと...モノの実体に依存している商売ではあるけど、客の求めるイメージが確立していれば実体は不要だと考えている。もっとも興味のあるものは沢山あって自分のモノの置き場所も考えないといけなかった。海外に居てもいいけど現実的な問題はブツ(実体)の受け渡しになる。日本以外の何処からでも商品の発送は可能だけど、送料や紛失等のリスクを考えると実際的じゃない。在庫品に限っては今のところ日本国内からの発送が現実的ということになる。ま、誰かにやって貰えればいいんだけどね。
最近も在庫品や自分の持ち物の処分をしている。H-DハーレーのKHには行かない(売っちゃったし...)だろうし、バイクはちょっとアメリカから離れている。と言ってもRS600Dはアメリカ育ちだし、旧車のイタリア物パーツはアメリカからが多いから関係が切れることは無いけど。ほとんど自分用のCAMEL PRO他フラットトラック関連グッズは販売するにしてもオモテに出さず裏取引だし、もういいか~という感じ。ここ5,6年のうちに20年くらいイメージしてたモノは手に入れちゃったから、古いモノは要らないかな、と。
先日Chimayoチマヨジャケットの話を書いたけど、これは毛皮のライダースと繋がっている。以前ラビットのリアルファーを使ったライダースJKTを作ろうとしていた(昔の日記に書いた)。それが近年ファッショントレンドになって、そうなったらやる気は失せるから作業は放置したままだ。そのラグジュアリーな雰囲気が六本木ABC仕様MVにはもってこいだったんだけどね(その青山ブックセンターもなくなっちゃったし)。で、同時に素材違いのライダースJKTを考えていた。Lewis Leathersルイス・レザーとCOMME des GARÇONSコム デ ギャルソンが組んでツイードのJKTを作ってるけど、そんな感じ。でもそれはやはりイギリスのモードっぽいから、アメカジ路線ではどうかねと。それがチマヨの生地を使ったダブルの綿ライダースなワケ(実用だからベクトルは逆だけど)。まー、チマヨは縦糸が弱くてすぐ切れちゃうけどね。
これはリメイクで在りもののリサイクルでしかないけど、使い古したようにエイジング加工してる新しいモノなんて要らないんだよなぁ。
知ってても知らなくとも同じ~
箸の話から。中華や韓国料理の店に置いてある箸って使いにくいでしょ。同じアジアでもそこに文化の違いがある。他にも箸を使う国はあるけど日本ほど道具として特化しているところはないんじゃないかな。元々は中国から入ってきたものだけど食習慣の違いから魚の骨を取りやすいよう先端の細い片口箸になっていったらしい。
赤杉の利休箸や雑煮のときなどに使う柳箸、青竹の取り箸とか用途に合わせて素材やカタチを変えている。中華(料理)の象牙箸は取り箸と手元箸が同じだから、料理を取る度に手元箸が増えちゃったり、しない?そんなことにならないように...じゃなくて、これは様式美ってことだけど。
そもそも個々人が別々の箸を持つようなことは他では聞かないね。だから趣味に合わせて素材や塗りに凝ったものがあるわけで、選ぶのが楽しみだったりする。ワタシの得技は魚の解体だから箸先の太さに拘る。そして木のしなりが肝心...あたかも江戸和竿の釣り竿のように。
でも普段使いは1膳しか使わない...つまり本来はマルチパーパス仕様ってこと。ご飯もおかずも汁物も全部同じ箸を使って食事をする。"本来は..."って書いたのは、最近納豆用や豆腐用なんてのがあるらしいから。ちょっと太くして納豆をかき混ぜるときに具合が良いようにしたり、平たくして豆腐を潰さずに掴みやすくしたものがある。"弘法筆を選ばず"って云うけど...んー、あった方が良いのかどうかは分からない。...ズレるけど納豆を食べるときその箸を他のおかずに運びたくないな。
機能を細分化して専用化(汎用性を失くすこと)がモノの進化とは思えないけど、ある意味これはアメリカのSnap-onスナップオン・ツールズ等のおせっかい工具と通じることなのか。
行儀作法として箸使いの禁じ手もあるけど、経験も必要も無ければ知らなくていいことかもしれない(何より正しい箸の持ち方が出来ない人も多いし...)。毎日懐石や本膳料理を食べているわけでないし、エスニックの無国籍折衷料理もある。道具としてのカトラリーが和洋混在しているように今は流通のお陰で食材も多様化している。何でもルールとレシピが必要なことはあるけど既成概念に縛られて未体験の楽しみや良さに気付かず素通りしているかもしれない。
ただ一方でこの"混在"は世界の均一化とも言い換えられる。情報化による社会のボーダーレス(無境界)化は世界をつまらなくしているかな。
本格的な料理を作ろうと拘った食材を苦労して買い揃えたりする。それは買い物が楽しいということはあるにしても、本当に美味しいものを食べようとする行為じゃないだろう。デュラムセモリナ粉でパスタを打ったり蕎麦打ちセットを買うのもいいけど、フツーの料理を毎日ほどほどに美味しく食べられる方がいい。料理の基本は地場の食材を活かすことだから高菜カレーやたらこスパゲティでいいんだよ。
ところでボーダーレスと云えば...カップヌードルは箸とフォーク、どっちで食べる?
■箸の専門店【銀座夏野】のサイトはコチラ。
■その店主が上梓した「究極のお箸」という本もオススメ。
----------------------------------------------------------------------------
【本日の写真】要らない時計
要らないけど、気になる時計。機能満載のクラシックな最新モデルにも惹かれるけど、アナログで最先端って感じがいい。Richard Milleリチャード・ミッレのサイトはまだ準備中。ココでちょっとだけ見れる。最大の問題は値段が8桁ってこと!
![]()
知ってても知らなくとも同じ~
箸の話から。中華や韓国料理の店に置いてある箸って使いにくいでしょ。同じアジアでもそこに文化の違いがある。他にも箸を使う国はあるけど日本ほど道具として特化しているところはないんじゃないかな。元々は中国から入ってきたものだけど食習慣の違いから魚の骨を取りやすいよう先端の細い片口箸になっていったらしい。
赤杉の利休箸や雑煮のときなどに使う柳箸、青竹の取り箸とか用途に合わせて素材やカタチを変えている。中華(料理)の象牙箸は取り箸と手元箸が同じだから、料理を取る度に手元箸が増えちゃったり、しない?そんなことにならないように...じゃなくて、これは様式美ってことだけど。
そもそも個々人が別々の箸を持つようなことは他では聞かないね。だから趣味に合わせて素材や塗りに凝ったものがあるわけで、選ぶのが楽しみだったりする。ワタシの得技は魚の解体だから箸先の太さに拘る。そして木のしなりが肝心...あたかも江戸和竿の釣り竿のように。
でも普段使いは1膳しか使わない...つまり本来はマルチパーパス仕様ってこと。ご飯もおかずも汁物も全部同じ箸を使って食事をする。"本来は..."って書いたのは、最近納豆用や豆腐用なんてのがあるらしいから。ちょっと太くして納豆をかき混ぜるときに具合が良いようにしたり、平たくして豆腐を潰さずに掴みやすくしたものがある。"弘法筆を選ばず"って云うけど...んー、あった方が良いのかどうかは分からない。...ズレるけど納豆を食べるときその箸を他のおかずに運びたくないな。
機能を細分化して専用化(汎用性を失くすこと)がモノの進化とは思えないけど、ある意味これはアメリカのSnap-onスナップオン・ツールズ等のおせっかい工具と通じることなのか。
行儀作法として箸使いの禁じ手もあるけど、経験も必要も無ければ知らなくていいことかもしれない(何より正しい箸の持ち方が出来ない人も多いし...)。毎日懐石や本膳料理を食べているわけでないし、エスニックの無国籍折衷料理もある。道具としてのカトラリーが和洋混在しているように今は流通のお陰で食材も多様化している。何でもルールとレシピが必要なことはあるけど既成概念に縛られて未体験の楽しみや良さに気付かず素通りしているかもしれない。
ただ一方でこの"混在"は世界の均一化とも言い換えられる。情報化による社会のボーダーレス(無境界)化は世界をつまらなくしているかな。
本格的な料理を作ろうと拘った食材を苦労して買い揃えたりする。それは買い物が楽しいということはあるにしても、本当に美味しいものを食べようとする行為じゃないだろう。デュラムセモリナ粉でパスタを打ったり蕎麦打ちセットを買うのもいいけど、フツーの料理を毎日ほどほどに美味しく食べられる方がいい。料理の基本は地場の食材を活かすことだから高菜カレーやたらこスパゲティでいいんだよ。
ところでボーダーレスと云えば...カップヌードルは箸とフォーク、どっちで食べる?
■箸の専門店【銀座夏野】のサイトはコチラ。
■その店主が上梓した「究極のお箸」という本もオススメ。
----------------------------------------------------------------------------
【本日の写真】要らない時計
要らないけど、気になる時計。機能満載のクラシックな最新モデルにも惹かれるけど、アナログで最先端って感じがいい。Richard Milleリチャード・ミッレのサイトはまだ準備中。ココでちょっとだけ見れる。最大の問題は値段が8桁ってこと!
![]()
ハムカツサンドを食べない。
ここ4,5年の間に食生活が変わっている。終日ウチに居るから自分でママゴトして多少健康的なモノを食べるようになった。2年前胆石で痛い目に遭ってからは尚更で、まず天ぷら・フライ等の揚げ物はほとんど口にしない(たまに鳥の唐揚げは食べるけど)。そして高血圧気味だから塩分控えめだし、そばつゆにソバ湯を足して飲み干したりもしない。アボカドサラダなんて昔は食べなかったしね。
関東の濃い目の味付けの洗礼を受けて育った身だけど、西日本の薄口(ご指摘いただきましたが、薄味ね)の醤油に慣れて赤身の刺身は苦手になった。そして淡白な味付けの和食中心の生活になっていく。こう書くと健全な年の取り方のようだけど、そうではない。
今はそれこそ辛い食べ物も市民権を得てるけど、昔は東南アジアの料理に遭遇する機会もないから辛いものを食べるという習慣は生まれようがない。今いつの間にかフツーに食べられるようになったのは周りの環境が変化したわけで自然の成り行きかもしれない。
ジャンクフードは好きなわけじゃないしお祭りもキライだけど行く度に露店の焼きソバは食べてしまう。上質な素材を使った料理はマチガイがないけど、正しいわけじゃない。
美味しいものを食べるのは好きだ。美味しい店行くよと聞くとホイホイ付いて行くし、新しいトコ(場所)も嫌いじゃない。経験値が上がるとウラが読めてしまうから実際行きたいと思う店は少ないけど、行き当たりばったりで美味しいものに巡り合うのは口福って感じがするだろ。
人間長くやってると趣味や嗜好は変わる。情報の在る無しということもあるけどファッションも同じ。
高校生の頃チェック柄メルトン地のジャケットが流行っていた時期があった。地域差はあるけどファッション情報は「MEN'S CLUB」メンズクラブが主流だったから全国的な傾向だよね。もちろん本家Pendletonペンドルトン製なんかは不相応だから安価な似たようなものだけど、好きになれなかった。真面目なヤツは学生服に地味な色味のトレンチかダッフルコートだった。通っていた学校は私服通学で私はアナーキーで硬派だった(?)からもっぱらカーキのM-65フィールドコートを着ていた。でーもね、JustenジャスティンとかTony Lamaトニーラマとか不要な情報を刷り込んでいたんだよ。
先日出番の少ないGジャン・革ジャンを処分することにした(といっても商品にして売るわけで)。自分の持ち物はサイズやカタチを選りすぐっているだけに自分にとってはピカイチなモノ。だけどあまり一般ウケのするものじゃない。ワードローブは今まで何度も持ち駒を絞ってTPOを失くそうとしてきたからそれらも持っていて困るわけじゃない。でも自分の認識がそういうモノの持つ方向性に縛られるような気がしてイヤになったから(飽きたということ?)。
そんなわけもあって、代わりに(?)ちょっと毛色の変わったジャケットを手に入れた。ラルフ・ローレンの昔のChimayoチマヨジャケット。「Free & Easy」誌のO編集長も着てたりして、人と違うものを探すとその辺りに辿り着くのだろう。もっともインディアン物はアメカジの逝き先でもあるから昔からメーカーに別注してた業者もいるし、個性の強いアイテムは万人向けというわけでもない。ネイティブアメリカンとかタバホ族のターコイズ物とか情報としてはインプットしていても全然興味はないからねぇ。
年相応な出で立ちを気にするわけじゃないけど、カジュアルのアイテムがどんどん高級品化、高品質化してしまった。20代のガキと同じ服着てるのも癪だしヴィンテージの高価な古着で太刀打ちしようなんて拘りもないから、代わりの上着を探していた。流行に関係なく、そう簡単に手に入るものでなく、新しいものでなく...と条件を付けていったらこうなった。
本物以上のリプロ品を作って流行を生みだしたりそれを商売/ライフワーク?と考えるのも分かるから、出来過ぎた製品を否定するつもりはない。でもワタシのモノの選択基準はオリジナリティで同じものは二つと要らないから出来ればそーゆーモノは遠慮したい。何より自分のキャラクターにオリジナリティがないと意味がないでしょ。
昔はよくハムカツサンドを食べた。まい泉のヒレかつサンドが究極のメロンパン(...はココ)とも思わないけど、もう食べたいと思わない。
でも日本人だからこの雑食性は死ぬまで変わらないのかもしれないな。
----------------------------------------------------------------------------
【本日の写真】チマヨJKT
文中ラルフの綿チマヨジャケット(POLOの製品はB.スプリングスティーンみたいにベタなアメリカで好きじゃないけど)。特徴的な意匠は背中だけだから一見そうとは思えない?これはブランケット生地の柄次第だから数見て選ばないと具合の良いものに当たらない。コレクターは"らしい"柄を選ぶからあまりアクのないのはNGかも。ウール地のJKTもあるけど日本の都市部だと寒くないから重ね着出来ないでしょ。
![]()
ベタで安易な選択はしない。
日本ではみんな上へ上へってより高級なモノに行きたがる...お金と時間(とストレス)が余ってるからかもしれないけど、フランス人のようにお金を掛けないのが美徳って考えてみよう。着るものは古着でいいの、て云うか古着がいいの。新しいものは要らない。モード系ファッションはアメカジ物の5割増しの値段だし賞味期限短いから。流行に左右されない、て云うか昔からあるやつの中から今の気分のものを選んで行きましょう。ここは自分のセンスを過信して!あえてオサレでないものを探しましょ。
ウチの人気商品(?)にナイロンJKTジャケットがある。BELLベルヘルメットやSIMPSONシンプソンの光沢のある中綿キルティングJKT、あるいはMichelinミシュラン等の混綿レーシングJKTね。ここ数年はそれ風に作ったリプロ物も結構売れているらしい。巷に溢れちゃうとイヤだけど1枚あると便利なアイテム。だけど飽きてない?
デニムのBARNバーンJKT、ワークJKTは在り来たりでつまらない。ずっとブランケットJKTが気になってるんだけどなぁ....Hudson's Bayハドソンズ・ベイの4ポイントのとかね(ここの毛布はバイクに掛けておくのにいいかなと思ってた)。
次は何か?と考える。インディアンのChimayoチマヨJKTもアメカジのはずれにあるけど、Ralph LaurenラルフのブランケットJKTなんてどう?どちらかというとレディース向きだけど、柄によってはメンズもアリかな、と(あえて画像は出さないでおこう^^)。そもそも派手目のが好きなんだな。もっとも自分とインディアンとの繋がりなんてCastanedaカスタネダくらいしかないんだけどね。
カメラもLeicaライカはまだしもHasselbladハッセルなんかの大判カメラ持っちゃうと行き止まりみたいだし、時計もPANERAIパネライはともかくFranck Mullerフランクミューラー等見てたら先がないでしょ。だーから、ずーっと庶民的な旧ソビエト製のオモチャライカやボストークの機械式時計が面白い。別に我慢してってワケでなく"身の丈"ってのでもなく、程々がお気楽ってことで...出来の悪い贋物なんてもっての外だしぃ。
確かにカメラは使い分けが必要でLOMOロモとかは被写体は選ぶし、不便さを愉しむ趣味としては針穴もいいけどね。いずれにしても機械に頼ってはいけない。普段使いはデジカメになってしまうけどプリント写真の面白さや良さは変わらない。最近またCONTAXコンタックスTを手に入れようかと思っている。一番馴染んでいるから、傷だらけの黒か今度はジェントリーなシルバーのね。
----------------------------------------------------------------------------
【本日の写真】ロシア時計
安価だからいろいろ集めても大した散財にはならないけど使わないものは要らない。で、厳選(?)してコレ...手巻きのVostok Komandirskie。戦車とか絵柄の入っているのもあるけどベゼルリングや文字書体はこのくらいの"加減"がいい。幅広のリストバンド風のベルトに合わせるといい...中学生の頃そんな時計してたな。...なるべくモノを持たない、失くしても惜しくないという選択だよ。
![]()
大事なのは中身、ではないかもしれない。
再処理燃料の話じゃない、スーツケースの話。飛行機に乗るときカウンターで預けたら、後でどんなに汚れて傷だらけになっても文句は言えない。そして実はアルミケースはソフトバゲッジより手荒な扱いを受けることを知っている。そーゆー機能だから仕方ないよね。
ワタシの場合は冬でも実際荷物の量は機内持ち込みサイズのトランクで十分だから、いつも預けるのは重い本くらいだけど。どーしても大きなのが必要なときは借りちゃうし、現地で買っちゃうし...で、最近はあまり動き回ることないし、中身だって大したものないから安物で十分さっ(というかブランド品に縁がない)。
だから傷付いても平気なZero Halliburtonゼロハリのアルミケース?サイトページで"中古品"を売ってたし...でも、売っていながら自分は使っていないんだなぁ(下の写真のモノ以外は)。アルミのケースはカラでも重いでしょ。そもそもヴィンテージのゼロハリケース(正確にはZEROは付かない)はモノ入れとしてしか考えてないけど。...車載の工具入れにはいいよ。
でも、使っていて"味"が出てくるのがいいとも思うでしょう。旅先のホテルのステッカーをペタペタ貼ったり、擦り傷も思い出のうちとか...。寅さんの革トランクは今でも安価に中国製のものが手に入るけど、やっぱり重い。で、何がいいかというとGlobe-Trotterグローブ・トロッター。由緒正しい英国王室御用達、RAF(Royal Air Force)御用達っていうのはどーでもいい。象が乗っても大丈夫な紙製のトランク。軽いのは本来アドバンテージの機能だけどチープな感じの紙のくせして(失礼)全然安価でない。現代的な機能を持ち合わせたRIMOWAリモワのトランクが買えてしまう金額だから秤に載せると分が悪い。最近は高級バージョンやキレイなグラフィックのものもある。毎年限定商品を作って購買欲を煽っているけど、それらは実用品に下ろせないでしょ。傷を味にまで持っていく加減が難しい。
となると、当然のようにヴィンテージ物というより古物ということになる。実際出物は少ないけど、イギリスの蚤の市あたりで探せばいいかな。ヴィンテージのステッカーを貼ったりするのも一興。
「名は体を表す」という言い方がある。体裁が中身を表すのは便利なこともあるけど...例えばレストランにジャケットを着て行くとか、でもTPOを考えて都度着る物を気にする必要はないな。オンとオフやカジュアルとフォーマルの境目は曖昧になっているけど、傍目はどーでもいいからね。
【参考ページ】ヴィンテージのゼロハリケースはココで。しばらく見ない間にまた集めているねぇ。
----------------------------------------------------------------------------
【本日の写真】一般的には古道具という
現行商品も基本設計は変わっていないけど、この40年代のブラウンは現在販売されていない。オシャレなトランクはいっぱいあるけどジーンズで持ち歩こうと思うとこの辺りになる(ってそんなヤツ居ないか...)。ブルーのハリバートンのケースより一回り小さい。
![]()
メンドーだけど、キライじゃない
晩のおかずのひとつをひじき煮にしようと近所の惣菜屋に行ったけど無かった。
仕方ない、厚揚げとセブン-イレブンの20品目サラダにしよう。
このひじきだけどワタシは子供の時分に食べた記憶が無い。親が嫌いだったわけでもないようだし。あ、豚の角煮もそう...。家で食べた記憶がないけど覚えてないだけ?昨今は何処でも食べられる料理だけど昔は料亭や割烹、小料理屋とかでしか食べられなかった。中華や沖縄料理にもあるし、今はラーメンの具だったりもするよね。10代の終わり、連れて行ってもらった料亭で初めて食べた。八角の味が独特だったけどかなり美味しいと思った記憶がある。
味覚は7歳までって云われるけど絶対音感みたいな味覚があるとかえって不幸な気もする。大人になってもほどほどの美味しいもので満足できればいいかな、と。
最近は揚げ物や濃い味付けのものはほとんど口にしないけど和食中心の食生活でもない。
以前マクロビオティック料理のことも書いたけど実践できているわけじゃない。食生活が中心にならないから難しいんだよね。極力適時適量を心掛けるけど生活が不規則だから...と言い訳をする。
----------------------------------------------------------------------------
【本日の写真】気になる時計
モノ探しは難しい。売る物は簡単だけど、自分の持ち物は少しズレたところから行かないと面白くない。例えば腕時計。今普段使いはアナログ針付きのCASIOカシオのG-SHOCKかBULOVAブローバのACCUTRONアキュトロンだけど一旦ヒトに紹介しちゃったら次!ってことで、こんなのどう?
左はロシア製SOVIETのミリタリーウオッチ。70年代のアストロノーツ物はありきたりだしオモチャぽくなくてシンプルなところを突くとコレ。昔MHRマハラなんてイタリアの時計があったけど、覚えてる?好きだったけどちょっとエレガントでバイク乗りには似合わない。
一方右はAVOCETアボセットのVERTECH II ALPIN/SKI。街中では全く無用な高度計が付いている。デザインはMUJIの壁掛けCDプレーヤーやKDDI/info.barで有名な深澤直人さん。すでに10年は経ってると思うけど古さはないでしょ。どちらも市場にはあまり出回っていないけど探せばないわけじゃない。
![]()
いや、お誂え向き。
天邪鬼だから、全国に名が通っている銘品はイヤなんだな。デパ地下行けば何処に持っていっても納得して貰える"おつかいもの"もあるけど、つまらないじゃん!周りがみんな贅沢になって有り難味に麻痺してるってことだけど、贈り物は自分が本当に勧めたいモノにしたいでしょ。で、贈り物は残らないものってのが基本。
最近アンリは遊ばなくなったのかパッケージがイマイチだから疎遠にしてるけど、どちらかというと和菓子が多くなったかな...年を取った所為らしい。
帰省のお土産(って今は田舎に居るけど...)は光圀饅頭(店はコチラ)あるいは大みか饅頭だけど、もうこれ以外選べなくなっている。水戸は納豆か梅菓子しかないんだよ。
ウチのお墓は東京にあって、子供の頃から毎年5月の連休は墓参を兼ねた東京見物だった。同じツツジの咲く階段に並んで記念撮影をしてた。いつの頃から止めたのか覚えてないけど、そもそも毎年行ってたということに気付くのもある程度の年になってからだから子供の住んでいる世界は別の所にあったんだと思うね。
ちょっとズレた。そこでお茶請けに出されるのがお寺の名前の入ったかるやきなんだけど、これが美味しい(写真は文字だけど以前は葵の紋だった)。いつだったか作っている所をつきとめ入谷にあった店に直接買いに行ったことがある。いつか自分の焼印で作って貰おうと思っていていまだに実現出来ずにいる。そんなに費用も掛かるとは思えないけどね。
細々とだけど自分で商売をやっていると年始の挨拶とか盆暮れの進物やらを考える。ビール券とか商品券等の在り来たりのものが一番という意見もあるけど、オリジナルな物にしたいと思っていた。賀状や季節の挨拶ハガキは自分の趣味で気まぐれで作るけど、自前の図柄の手ぬぐいや名入りの饅頭を配るとか。
そう、その前出の饅頭屋はオフクロの実家近くにある店だったから、大人になるまで美味しいのは欲目かなと思っていた。でもいろんなトコのを食べ比べてもピカイチだった。パッケージは銀紙で巻いてあるだけだからウチのロゴ入りでも作ってもらおうと考えていたり。それはオリジナルのTシャツを作るとかお揃いのクラブJKTを作るとか、カレンダーに社名入れて印刷してもらうのと同じことだから特別なことでもないでしょ。
----------------------------------------------------------------------------
【本日の写真】Honda FMX650
あまり新しいバイクに目を向けないようにしているけど、漸く出てきた。使い途はともかく、こういう選択もアリかな。ナップスさんのブログ、独INTER MOTOインターモトのレポートにもあるこの"ジェントリー"なのがイイ。ホンダのプレスリリースはコチラ(PDFファイル)。詳細/写真はホンダイタリアのページで(色違いPhoto有)。【寸評;ま、忘れ去られたドミネーターのモタード版か。で、くちばしはギミックと云うか見せ掛けってこったね。でもヨーロッパのオヤジ受けしそうだ。】
![]()
ゲバラは39で死んじゃったけど
天邪鬼だから昔から
日本のインテリア雑誌はいつも同じアプローチでつまらない。それは目指すところが「快適でカッコイイ生活」、あるいは「お洒落な暮らし」だから。インテリアのスタイルや時代の流行もある。Eamesイームズとか北欧家具とかね。でも本来それは住む人の体験とライフスタイルが反映されているべき(はずの)ものだからモデルルームのような付かず離れずの趣味の空間は嘘っぽい。
「カッコイイ」って何だろう?「居心地のいい」の同義語ではないし...ファッションのように異性や誰かにモテたいからとか、もちろん自己満足でいいけど、そこに自分らしさ;個人のキャラクターが投影されていないと落ち着かないだろう。ただ画一的なスタイルで満足できるのは幸せなのかもしれないとも思う。その意識(差別化を考えないでいること)が日本の経済をここまで発展させる原動力の一端を担ってきたともいえるから。
モノ(Object)を価値観の基準にすると、同じ金銭感覚を持つ同好の士は得られても同じ感性と皮膚感覚で趣味を共有できる関係は難しい。好きな音楽や食べ物で繋がっている方が豊かな関係を保っていられる。人付き合い悪いし、ツーリングやレースをメインに付き合うならいいけどただ会ってダベるってのはもういい。バイク野郎とツルまないのはそんなワケもあるんだけど。以前"社会常識の温度差や空間の尺度、高度差等の体感ギャップにワクワクする"って書いた。そのギャップの有無を分かるモノ(Subject)の見方をしている人達と繋がっていたいと考えている。
過半数のヒトの支持を得たいとは思わない。それでは自分が埋もれてしまうことになるだろう(以前市井の人になるって言ったっけ?)。100人に2人でいい。このブログや今のネット環境は時間や地理的な制約を超えて、そんな人との出会いを可能にしている。極端に言えば98人の敵を作るということでもあるけど、それもいいではないか。
----------------------------------------------------------------------------
【本日の写真】映画『モーターサイクル・ダイヤリーズ』ほか
来月公開される『モーターサイクル・ダイヤリーズ』は伝説の革命家エルネスト・ゲバラの若かりし日の著書『モーターサイクル南米旅行日記』を原作とするロードムービー。"チェ"ゲバラに傾倒するしないはともかく、無鉄砲で情熱的なゲバラの青春に共感出来るかもしれない(実は、昔原作を読んでいるけどあまり強い印象が残ってない...)。恵比寿のガーデンシネマは好きな映画館だから期待しよう。この映画はメキシコのガエル・ガルシア・ベルナルが演じているけど来年にはあのデル・トロが主演する『Cheチェ』が公開されるという。しばらくは"濃い"ゲバラグッズが巷に出回りそうだ。因みにバイクは'39年Nortonノートン500だよ。
![]()
スカジャンは気になっていた。
ファッションは目立つことだけど、いい子だから!母親が目を顰めるような格好はしない...と、言いながら一際目立つ赤やオレンジ色の服を着てるな。
そういう点でもスカジャンはサテン地のテロテロした感じはチンピラみたいなイメージだから欲しいアイテムではなかった。この呼称もいけない。"スカ"は横須賀のスカだけど"空かす"とか"賺す"とか良いイメージの言葉じゃない。
ヨコスカの街との繋がりもないし、そもそも当時日本に居た米兵の勘違いした日本のイメージだから図柄のモチーフも富士山はともかく鷹や虎や龍だったりして。フェローズや東洋エンタープライズの製品のようによく出来た現行の商品もあるけど安価なのは刺繍のクオリティがどうも...でも何より図柄がねぇ、なのだ。日本地図なんて背負いたくないし、スカル/ドクロ柄にしても不良のアイコンという薄っぺらな"アップリケ"みたいでイヤだった。スーベニア・ジャケットと呼ばれるように所詮お土産モノだから作りが云々ていう代物でもないんだろーな。
つい先日sadan氏もブログにエントリしてたけど、スタンスは近い。健全な人?にはあまり縁の無いワードローブに違いない。スタジャン(スタジアム・ジャンパー)...本来「バーシティジャケット」「レタージャケット」と呼ばれるモノもあるけど、70年代のアメフトブームの時代から日本じゃ縁がないだろ、無意味な数字とかエンブレムはカッコ悪りーって思っていたし、意味も知らずに堂々と欧文のTシャツを着る勇気もないよな。
あ、スカル繋がりで思い出した。今"TOO FAST TO LIVE TOO YOUNG TO DIE"は氣志團のアルバム名らしいけど...本来は"Too Fast to Live, Too Young To Die"(落ち着くには早すぎる、死ぬには若すぎる)、これはVivienne Westwoodヴィヴィアン・ウエストウッドのショップ/コレクション名。Sid Viciousシド・ヴィシャスに傾倒する輩にとっては座右の銘といえるフレーズだ。
でも、このスカジャンの図柄と刺繍の仕上げの良し悪しは職人の腕次第だから当時物でセンス良く仕立て上げられたモノが存在する。あまり目にする機会が無いから忘れかけていた。(自分にとっての)"ピン"を見ていると"フツー"の出来の真似っこあるいはTOO MUCHな復刻モノはNGだし、昨今使わないものは要らないと思うようになっているから尚更だった。ところがこの"伝統的な"モチーフ;虎と龍は中国意匠でもあるわけで、上海のチンピラになりきるには都合がいいのではないか、と気付く(...いつまでも落ち着かないオヤジだと我ながらアキレる)。
*タイトルはsadan氏のタートルズのスニーカー1,2に感化されてかWalshウォルシュのランニングシューズを入手したから。オサレ系じゃなくてスーパーのワゴンに乗っていそうなCOBRA。キッカケがないと物欲が生まれないけど他意は無い^^。
----------------------------------------------------------------------------
【本日の写真】Souvenir Tour Jacket
それがコレ。50年代のオリジナル。オモテ別珍地に虎と龍の刺繍、リバーシブルのウラは龍と風雲。このくらい控えめなら使えるかなと。全然安くないけど...。
![]()
フィギュアを集めている...
コンビニで売ってたりオマケの食玩?海洋堂のような博物学的なリアルなモノもあるけど、実は小物はダメだ。グリコのオマケのようなもの、ガチャ玩(て云うそーだ)も興味の対象外。ちょっとズレた大きなモノがいい。
模型は好きだけどスケールモデルやミニカーは数だから収集意欲が失せた。Alpine Renaultアルピーヌ・ルノーA110の43ダイキャストモデルは全部処分しちゃったからね。Gerald A Wingroveジェラルド A ウイングローブ氏らの精緻なスクラッチモデルは作り手の技術と根気には感服するものの手元に置いておきたいと思えない。昔原宿のセントラルアパート(...って何処?って云われるね)のメイクアップで求めたホワイトメタル(鉛と錫の合金)のモデルAJS 7Rは20年も経つのに未だに完成を見ていない...(ホントはMatchlessマチレスの方が好きだった所為もある)。PROTARプロターのモデルもホイール組が済めば終わったようなものだけど、いつも満足がいかない...。ま、プロのお仕事を見ると「自分でやらなくていいやー」ってなっちゃうんだな(知り合いがいるから尚更...先述の同モデルはコレ)。
イタリアの陶芸家で昔のクルマやバイクをモチーフに陶製のオブジェを作っている人がいる。以前日本に作品を持って来て個展を開こうと企画した。結局作品が揃わずに実現できなかったけど、それからかな。模型より本物、置き物には別の世界観が要ることに気付いた。だから単体よりジオラマ風のものの方が好きだし、"自分のモノ"(ストーリーがあるもの)でないといけない。
ただ一般のマーケットはアダルト系やガンダム系がほとんどでショップも専門毎にカテゴライズされている。たまにその手のショップを覗くこともあるけど独特な雰囲気は居心地が悪い。目当てのものはピンポイントだから欲しいものはネットから購入するようになってしまう。
いわゆる企業物、販促ディスプレイ用品、ノベルティ物への関心から来ているんだろうけどMichelinミシュランのビバンダム人形とか数を見てしまうと在り来たりのモノでは満足しない。より現存数の少ないもの、レア度の高いキャラクターを探す。そして存在感のある大きなもの...海外の蚤の市等では看板・立体モノを探してしまう。実際持ち帰る段になって途方に暮れる...バイクのパーツも同じだ。
昔のチラシやポスターもそうだけどルールを決めて体系的に収集するなんてメンドーだから行き当たりばったり。同じメーカーやキャラクターモノばかり集めることが出来ない。モノ持ちは良い方だけどコレクターとしての資質がないから昔から大事に?持っているものでも手放してしまう。
----------------------------------------------------------------------------
【本日の写真】エラソーなブルテリアほか
中央は朝隈俊男氏の作品。HPはこちら。(ワタシは)コレとビール券広告に起用されたパグ以外は良いと思えないけどさ。
[追記] このブチのバージョンは数が少ない(100体限定)所為かプレミアムが付いて価格が高騰してる。わざわざ高値で買わないように...次を探そうや。
![]()
元々アジアン趣味、てのはなかった
...このアジアってオリエント/中東以東の東南アジアってことね。ワタシは世代的にはファッションはアメカジに始まってデザイナーズブランドのバブル時代を経てヨーロッパのモード志向で、とマニュアル雑誌のレールを歩いてきている...お手本(あるいは反教則本)はPOPEYEポパイというよりBRUTUSブルータスだけど。そして質実剛健、機能本位の機械屋/電気技師の親だからドイツ志向で金属はステンレスが一番みたいな刷り込みもある。
日本の和の部分への関心は元々あったけど、ある時ちょっとベクトルを修正して強く意識するようになった。子供の頃から書道をやっていたとか祖母が着物を着ていたこともあるけど畳/タタミや襖/フスマの部屋は好きだし、四季折々の日本の風物はイイねぇと思うのだよ。で、どんなに外国のモノがいいと思ってもどこかに違和感があったりする...自分の根っこ/ベースとシックリ来ない。そこはやっぱり紙と木と土の家かなぁと。
子供の頃横浜中華街で買い求めた中国の文房具(毛筆や墨)やお菓子は違和感があって馴染めなかった。それは単に五感が受け付けなかっただけかもしれないけど韓国の陶磁器も歴史的に辿ると日本のそれと繋がっていると判っても、真っ直ぐ自分との接点は見付けられない。
現代のコンテンポラリーと云われるすっきりデザインされた家具やモノ達は一見無国籍だけど、作り手の根っこの感覚を無視して生まれてくるものではない。ミニマムなものや奇を衒った突然変異的なデザインにしても発想は国民性や生活環境からくるもの、プロダクツは原産地の生産環境と製造規格やらそして辿ってきた歴史との密接な関係があって必然の産物だから...。
日本は島国の所為か外からの文化は流れ着いた"モノ"から始まっている気がする。人の交流ってのじゃなくて。そして雑多な文化の共存・共生は今に始まったことじゃないからそもそも雑種でいることが日本人のアイデンティティではないのか。大枠では他民族との差別化や宗教的なカテゴライズは必要なかったから、個の差別化が個の視点に向かったに違いない。そう考えると日本人の根っこはちゃんと土に埋まってない、池の花蓮みたいに(もっとも、今はひと括りに日本人といえる時代じゃないと思うけど)。
葦やアタ、竹、籐等を編んで作ったバッグやインテリア雑貨・家具は素材の違いこそあれ世界中何処でも見られる製品だ。東南アジアでは今でも昔ながらの製品が造られている。日本では需要は簡便さと引き換えに生き残るのは無形文化財や伝統工芸士の職人芸になってどんどん縁遠いモノになっている。駿河の竹千筋細工の行燈や江戸すだれとか繊細な造り込みに感心してもやっぱり安くないからね。安価な中国製の方がはるかに入手は容易だし、ディテールに拘らないとフツーは使い捨ての代用品に満足してしまう。
東南アジアの民芸品のプリミティブな懐かしさに惹かれるとか、美意識はアプリオリ(本性的)に埋め込まれているとは考えていない。中国みたいに歴史を寸断して生きていく(文革の時代を教えない)とか、自然と隔絶した石造りの建物のなかで個の確立を目指す生き方もあるのかもしれない。
でもね、日本に居るのなら、伝統工芸品は高級品化してるけど日本の気候風土に根付いた粋な文化も愉しみたいと思う。そんな贅沢な嗜好品を求めるのは無駄遣いと言われかねない。現代の職制では工芸を文化として残していく代償が高く付くのはしかたがないと考えられないか。ただモノを見る、使う意識を変えていけば需要も変わってくるはず。昔の技術を生かして今のデザインでモノ作りってのもあるだろう。エコロジーを考えて製品が長持ちすれば結果的に森林破壊の抑止に役立つ、なんて企画書も書ける...もっとも無くなってもいいモノも沢山あるんだけど。
先人の積み重ねてきた文化を大切に守っていくという大袈裟なものではなく、愉しみとして次代に繋げていくのが健全な社会における文化の成熟の仕方ではないか。
最近中国の上海に行く機会が多い。でも中国の昔からのモノ;景徳鎮の陶磁器や端渓硯等の文房四宝等を集めようなんて思っていない。実際に使わないものは要らないし、沢山の本か博物館で本物を観る機会があればいいかなと。...最近贋物というか良く出来た古色仕上げのブロンズ像等使い途のないのも買ってるけど。
かつての植民地統治時代の建築様式を残すのは世界でも少ない。上海は1920-30年代つまりアールデコの時代の意匠を持つ建物が少なくない。それでもそれらの建造物を遺す遺さないの基準は曖昧で、結構気紛れだ。いつまで残っているかは分からない危うい存在でもある。その気紛れに壊された遺物のかけらでも掘り出してこようかと考えていたりする。タイムスリップできる空間が残るところは在るうちに行っとこーという感じ(伊ヴェネチアのリド島の空港は今でもそのまま?)。
価値観のギャップは面白い。実は中国人の考える価値のあるモノには全く興味が無い。そして日本人の私の持つ価値観に13億の人民は気付くまいと思う。意識の温度差とか物価の段差とか、高い所から低い所へ水が流れるときにエネルギーが生まれる。日本に居るとそういうギャップはバリアフリーってことで均されてしまう。中国に長居すると太るし、鼻毛が伸びることを再確認する。しかし居心地の良さからは何も生まれないことに気付く。落ち着いてしまわないよう意識を覚醒させるにはいい場所だ。
かつて羨望の方向はアメリカ越しの東向きだった。でも実はアメリカなんかどーでもよくて、そのずっと向こうのヨーロッパだった。今、西を向いてアジア越しに地球をぐるっと回って日本を捉えてみる。日本という国がベストとは思えないけどここを地球のスタンダードにしてもいいかな、くらいには思っている。
----------------------------------------------------------------------------
【本日の写真】クウネラー必携図書
クウネラー(クウネル愛読者をこう呼ぼう)にオススメの本。二戸治身著『「ほどよい不便」がいちばん幸せ』。日本がまだまだ?アジアであることを再認識させてくれる。この写真は写真付きの帯が付いているけど外すと白地の本(Amazonで見るとわかる)。モノに拘るけど平松洋子さんの本や伊藤まさこ著『まいにちつかうもの』なんかも。別冊 私の部屋刊の『気持ちいい道具と暮らそう』、『心地よい道具と暮らそう』って本もある(入手が容易でないかな...)。
![]()
1日2回着替えて、3回シャワーを浴びる。
さてTシャツの季節真っ只中です。ちょっと前タイポグラフィーのTシャツのエントリを書き掛けてあまりにブログネタっぽい(?)ので止めたけど、第二弾はまだかという声が聞こえたことにしてエントリしましょ。
その後、数枚のお決まり黄/オレンジ系Tシャツと名古屋のコアショップSMASH HEADからORG.Tシャツを分けてもらったくらい。
で、再度ユニクロのTシャツです。やはり企業コラボ物は見逃せない。今回のオススメはモーターオイル系ですね。CastrolカストロールはともかくYaccoヤッコやFUCHSフックス、DUCKHAMSダッカムスなんてあまり一般ウケしないブランドのラインナップ。でも街着にはその方がいいのかも。素材がポリエステルのクールマックス®ファブリック使用なのでマリンスポーツ等に最適ってことっすね。信条として混綿等のTシャツはウエスにならないから着ない方針なんだけど、夏のアウターとして別物って考えましょう。
商売でロゴ入りグッズを売ってる手前大きな声で云えないけど、ベタなのが苦手。つまりDucatiドカのバイクに乗っていてドカロゴ入りのJKTを着ているような。クラブミーティングに行くと皆でお揃いのジャンパーやTシャツ着てるじゃない、あーゆーのダメなんだ。だからMVに乗るときはBultacoブルタコやMontesaモンテッサのTシャツやマークの目立たない上質な伊ブランド品を着たり...。いや、最近は安物しか着ないけど。
バイクの場合だと本来使用パーツと異なるメーカーや同業他ブランドのステッカーを並んで貼ることはご法度だけど...BELLとSIMPSONを貼るとかね、このぐらい離れたハズシなら突っ込まれなくていいでしょ。
前回も書いたけどネット通販でも購入は可能。でも在庫がなかったりしても店頭に残っていることもあるから近所のユニクロに行ってみよー。お好きな1枚が必ず見付かる...またユニクロの回し者だぁ。
----------------------------------------------------------------------------
【本日の写真】DUCKHAMSダッカムスのTシャツ
本文で紹介のユニクロ物。このオイルブランドを知っている人は余程のマニアかジジイに違いない。もしNortonノートン乗りならコレ1枚で通ウケすることは保証する。今回はこれとYaccoヤッコかな。
![]()
誤解されると困るけど料理はしない...
多分嫌いではない。料理本のレシピ通りには作らないから別物になってしまうけど、元来何でも自分で作ることは好きだ。でも料理に凝るとキリが無い。
食材に拘る→調味料・香辛料に拘る→水に拘る→器具に拘る...で、拘ることが連鎖する。だから最初から飛び込まないようにしている。一番の問題は料理を盛る器で、陶磁器に拘ったら必ず自分で作るからね。オトコの料理は金が掛かるから止めてくれーと云われる所以だ。
もっとも先日のABC(青山ブックセンター)の閉鎖にしても日本からWILLIAMS-SONOMAウイリアムズソノマが撤退しても困るヒトは少ないんだろーな...。
調理はする。カップ麺にお湯を入れるのもそうだけど(滅多に食べないけど)、野菜を切ってサラダを作ったり、ミートソースやカレーは料理じゃなくてまだ調理のうちだ。デザートは簡単なものだけ。アイスクリームも作れるけどゼリーとかプリンとかオーブンを使わないトコまで。パンを焼き始めたら大変そうだ。楽しいトコロは判るけど、素材に拘って沢山作っても仕方ない。美味しい店があれば済むことだ。
で、ママゴト。
ラスタカラーのゼリータワーを作るのを密かにライフワークと思っている...が、普段はコーヒーゼリーくらいでいい。ほとんど自分のためだから今の時期なら2週間に1度作ればいいだろう。バニラアイスやタピオカ浮かべたりトッピングを考えたり...。
野菜ジュースは毎日飲んでいて暑いから氷を2つ3つ浮かべる。でもほどなく氷は溶けて薄まってしまう。アイスコーヒーも同じでドリップで2回落として一方を製氷皿で氷にしてるけど、先日野菜ジュースの氷も作ってみた。繊維質が入っているからシャーベットみたいだけどいい感じ。野菜ジュースは自分のだからいいけどオレンジジュースやグレープフルーツジュースに色違いの氷を浮かべる方が見た目にキレイでいいかも。
コーヒーも紙フィルターよりネル袋のドリップの方が美味しい。エスプレッソもコンロに載せるヤツより圧力のある"マシーン"の方が断然美味しい。でも商売して毎日同じように淹れているのならいいけどネル袋は扱いがメンドーだし、大型マシーンはやはりTOO MUCHだ。Pavoniパヴォーニのマシンはディスプレイにしかならないし、CIMBALIチンバリなんて置いてたら笑ってしまう。豆に拘って焙煎までしたりというのもアリだけど、そこはその道のプロが居るわけで、日本に居るのなら全てを自分でやる意味は無いかなと...。
でもお茶代わりだから味に慣れちゃうとパーコレーターでもポーションタイプのアイスコーヒーでも何でも良くなってしまう。純粋に味覚に拘わっていたらオカシな話だけど、美味しいと思う感覚は味覚だけじゃないから許せてしまう。カップや容器は視覚的、触覚的だけど美味しさに関与する重要なモノだ。でもそれ以上に何処で誰とというシチュエーションが肝心。一人で味わうにしても雰囲気/環境の要素が大きい。だからイチイチ拘ることはしてもそれは重要な目的じゃない...ある程度アタマに知識を通したらどーでもよくなる。
この物事に興味を持つ加減と突き詰める度合い、飽きるまでの時間あるいは復活までの期間は良く分からないけどどこかでバランスを取っているようだ...。
美味しいものを食べるのは好きだから評判の店に行くのも嫌いじゃない。でも店主の気合の入った店はダメだ。料理やサービスに拘っている店は評価は高いけど、ハレな気分で食事するなんてことはしたくない。何でも生活のほんの一部に過ぎないからさ。
エピキュリアンEpicurian("人生を愉しむ人"と解釈しておくれ)でありたいと思うし、J.ホイジンガー云うところのホモルーデンスHomo ludens(人間は遊びの動物)を全うしようではないか。
散財してる?自慢できる大モノはないけど...
毎年Tシャツは商品としても仕入れていたけど今年は自分用しか買っていない。必要以上にカズ買っているのはサングラスかな。これはいつかも書いたけど必需品。コンタクト(レンズ)をしている所為もあるけど、目が弱いから。
日本での普段使いは小さなレンズのフレームでいいけど陽射しの強い海外だと大きめのものが欲しくなる。昔のPersolペルソールは大雑把な造りがいい感じだ。特にRATTI社のセルフレーム物は雰囲気があっていい。S.マックイーン等が掛けていたから人気があってセレクトショップ等でもヴィンテージ物を扱っていたりする。流行に乗るわけじゃないけど人気の定番以外は存外に安価に手に入れることが出来るからね。
前エントリに6万円超のサングラスを欲しい~って書いたけど、実際そんなの買わない^^。
いくら大事に扱っていてもサングラスは使い捨てのようなもの...落としたり、置き忘れて失くしたりするものだ。気に入ったものや顔のカタチに合うものを失くすのは惜しいけどね。
もちろん新しい製品を試着したりもする。GUCCIグッチのとかシックリするのがあったりする。けど、ガラじゃない。造りの良さは認めるけど、そーゆー分かりやすいブランドのものはパスだ。
で、いくつか集めて要らなくなったり、やっぱり自分に合わないものは商品に回すことになる。中途半端に古いものは10年くらい寝かせておいて...気の長い商売だ。
----------------------------------------------------------------------------
【本日の写真】PersolペルソルMod.806
Steve McQueenマックイーン信奉者なら必携の折りたたみ式サングラス。このNOS(New Old Stock)物は10万を下らない...異常だろ?カッコいいけどベタな日本人顔には似合わないぞ。
![]()
前エントリのTBで触れられちゃったから
出すの迷ったけど...ま、いっか。と思ったらnozzzyさんまた書いてるじゃん。モテるな「LEON」。パンツェッタ・ジローラモ氏はNHKイタリア語会話の先生ね。カルミネ氏といい、そりゃお金あったらとりあえずイタリア人じゃなくともモテるわな。
もっともイタリアにそんな不良のオヤジはいないし、見掛けたら詐欺師に違いない。貴族階級は日本人よりもっと保守的だ。雑誌読んで成りきれるなら安いものか、単にプチブルオヤジはノリがいいのか。
閑話休題。クルマはね、シトローエンのDSがいいかなと思っている。昔PanhardパナールPL17を買おうと思ったこともあるけど、今の気分はDSの黒、ハイグレードなバージョンがいい。ま、ゴキブリみたいだけどね。4輪はフランス車がいいな。
新しい車に興味が無いわけじゃない。で、イイと思っているのがAudiアウディのTT、これは「LEON」ではじけたオヤジが乗るクルマらしい。クーペよりロードスターがいい...でも今すぐは要らないんだ。
あと20年くらい経ってから内装がホドホドに遣れたのを買ってアルミボディの外装をボコボコポリッシュにする。もちろんこのクルマはドイツ車だけどBugattiブガッティみたいな無骨さがあっていい。それをまた60のジジイが乗るってのがいいだろ?
確かにLanciaランチアのFlaminiaフラミニアザガートSuperSportはどんなFerrariフェラーリより好きだけど、自分に"エレガント"な要素がないから相応しくないだろう。散財して懲りて身の丈が分かるっていう側面もあるけど、背伸びしない自分らしい生き方もあるだろう。
日本に居るとモノを持たない生活は難しいし、次代にモノでない遺志を伝えるという責任感も芽生えにくいけどモノでないトコロに自分の存在証明を遺しておきたくないか。
暑いときは水風呂に浸ってみたりする。
先ずは言い訳から...ナマケモノです。エントリ怠ってます...全然使命感ってのがありません、サイトもそうですが。にもかかわらず、お付き合いいただきありがとうございます。何もお出しできませんが今後も懲りずに見に着てやってください、手を振ると喜びます。
かつてオサレでセンスの良さを標榜していたワタクシはゼニアのスーツとコムデギャルソンのJKTで武装してました。これはホントに周囲を牽制/威嚇するための鎧です。ヤワで貧弱な中身を保護することも出来るけど...女子にモテるかどうかじゃなくてね。
バイクもMVに乗るならグラブはアルマーニ、革ジャンだってラムやシープスキンでしょ。ファッションに実用性は求めないからすぐ縫製が解れたり、ちょっと引っ掛けてカギ裂きを作るんだけど。でもそれは自分の使い方が間違っているだけ、ぐっと涙を堪えるしかないです。Armaniのブリーフは洗濯機でグルグル洗ってはいけません。手洗い、あるいはクリーニング屋に持って行きましょう。
イタリア物は賞味期間が短いから、TPOに合わせて複数買い揃えておかないといけません。これは同じ型のものを色違いで揃えるということではありません。
鼻持ちならないヤツです(笑)。でも何事もトコトンやってみないと見えてこないことがあります。本当に付き合える人間が分かってきたりね。
もっと長持ちする物にしようとアメリカ物の良く出来た復刻モノ...つまり日本製だけど、を求めてみたりしても、それは思い入れ(込み?)がないとダメかもしれません。私は出来上がってしまった;完成したモノに興味が無いのかもしれません。壊れないこと、長持ちすることは自分にとって選択の重要項目にはないんですね。古物を扱っていても新しいモノに興味があります。でもそれ以上にオリジナルなモノです。
ファッションで衣服にお金を注ぎ込むのは無駄使いと言われたりしますが、時代の空気に浸るには手っ取り早い方法かと思います。何かを作っていくことが仕事なり生涯の目標であるのなら関心を持たずにいることは難しいです。孤高の作家という世間ズレしたスタンスでの活動もありますが、そんなのは興味ないので。時代に生きていたいと思っているからまだ日本に居るようなものですかね。
----------------------------------------------------------------------------
【本日の写真】Gジャンアゲイン
ヴィンテージ物とか定番の製品はいろいろ持っていたけど、最近の気に入りはコレ。有名ブランドでもないし、造りが良いわけでもない。
背丈がないからさ、着丈の長いJKTは似合わないんだよ。詳細は持ち物ページで。
![]()
なんか疲れない?いろいろ追っかけるの。
ブログのエントリも気紛れだし、ヤル気ないんじゃないのって自分でも思うよ。
そもそも自分が新しいバイク/モーターサイクルはどーでもいいと思ってて、どれもこれも要らねーよだから申し訳ない。どこかのショップのカスタムバイクならイイってこともないし、もういろんなことやり尽くしてるんじゃない...と。枯れちまった私の所為かなぁと思ったりもするけどさ。
皆と同じバイクに乗りたくないし、剥きだしに熱くなるのはエキパイだけでいいし、今さら外向きに自己主張したってねぇ...。バイクは単なる道具でもモノでもなく自分と対峙する媒体としての存在になっちまうからな...。
これはメリハリや気分転換のキッカケとしてバイクに乗る必要がない、目的は純粋にFUN TO RIDEになってるリスク付"恵まれた"生活だからかもしれない。
モノへの興味が薄れ(たように見え)るのは対象が見当たらないからじゃない。自分の求めるモノが市場のニーズからズレても構わない、無ければ作ればいいと思ってるから。もちろんアタマが堅いのと既に在るモノに満足している所為もあるんだろう。
以前J.GallianoガリアーノがChristian Diorディオールのデザイナーになったときも思ったけど今度はJ.P.GaultierゴルチェがMartin Margielaマルジェラに代わってHermesエルメスのデザイナーだ。アバンギャルドが最高のクオリティを得て昇華する感じ。結局成熟したモノ作りは上質なべースを使って完成度を高める同じ道を辿る。自分にとってのモーターサイクルもそんな感じ。やっぱり陳腐なツルシがダメなんだ。
サイトを覗いてRS600Dに関心を持ってくれる人も多いけど、オススメしない。だって存外にカネ掛かるんだ。このバイクに余程の思い入れがないと他の選択肢が見えてくるからね。これは上のモータサイクルとはちょっと違う存在。確かに以前は車両やパーツの手配をしてたけど今は自分が必要なパーツ以外は取り寄せしない。
MV Agustaアグスタに関しては今後は4気筒の企画があるから"捜し物"はそっちにシフトしてシングルやツインモデル用はもういいかなって。お客さんには申し訳ないけど...依頼があれば捜すけどお節介に先回りすることはしない。
それはバイクだけじゃなくて他のモノにおいても同じ。ただ自分としては興味がなくともホドホドに商品を探っていかないといけないかなぁ。
ということで、スマンKR処分した...(誰に云ってる?)。
----------------------------------------------------------------------------
【本日の写真】モダンな金魚鉢
よくペット用品の店を覗く、といってもWebショップだけど。そんなショップで見付けた。$169.00だから送料足すと2万円強?...安くない。でも本格的に大きな水槽をドーンと置いてアロワナ飼ったりしたくない...そんなの飽きるの分かるから。
![]()
ケイタイにカメラが付いてモブログが便利になった。
けど、ケイタイ使ってない!私は関係ない。それでも写真は不可欠だから都度デジカメをスペックを追っ掛けながら買い換えて使ってる。
当然機械好きだからカメラも好きだ...これはもちろん光学式のヤツ。以前持っていたけど使わないものは潔く処分する方針だから改めて始めようなんて考えたくないけど。昔CONTAXコンタックスTを使っていた。旅先で落としたり傷だらけだけど一番気に入っていたカメラだ。もっともオヤジがG2とか勝手に揃えて買ってるみたいだからそのうち使ってみようかね。
で、目敏い方は気付いていると思うけど最近ここのブログリストに写真のページをリンクした(今は消えてる)。
ま、流行といえばそーだけどLOMOロモやHOLGAホルガのチープなカメラで遊ぼうかと考えてる。風景やネコを撮るのは常套だけどモノクロ写真でちょっとオシャレにってわけだ。光学マニュアル以前のハリアナ写真が気分だ。
カメラや写真は奥が深くて追求したらキリがないのは分かってる。でもモノや技術の習得に専念していると肝心なことを忘れがちになる。どのカメラでどうやって撮るのかではなく何を撮るかってことだ。そういう点では6X6のHASSELBLADハッセルなんかがお誂えなんだけど...嵌まりそうだからダメ。
で、マニュアルのトイカメラで日記に書き込むようにカチャカチャシャッターを押すのがいいかなと。
ちょっと検索してたら自分のページに当たった◎。
何事も白黒ハッキリさせないと気が済まない性分でもない。
年を取った所為ではないだろう。でも見た目で分りやすいようにしていた方が楽かもしれない。イチイチ持ち物を説明するのは面倒で億劫、どーでもいいって思っているところもあって薀蓄を垂れる(放れる?)のも嫌なんだな。趣味もシンプルにしていた方がいい。
個々の持ち物に拘っているといえばそうだけど、あまり執着はしていない。コレクターの資質はない...ヘルメットもかなり稀少なモデルもあったけど全部売っちゃうからね。ナイロンJKTも定番のSwingsterじゃなくてTOPMASTERだし、ブーツもWESCOウエスコじゃなくてDaytonデイトンだしね。
子供の頃からそうだけど皆が持ってるモノは欲しくない、所有するバイクや興味を持つモノを見れば判るか...。一応お勉強はするけど系統立てて考察するなんてかったるいからマニアやオタクにはなれない。ただ天邪鬼なだけだ。ま、ヒトの云うことを信じないってのもあるけど。
ただ、これは最終目標ブツがないからいつまでも持ちモノに満足することが無いってことでもあって...。
それでも最近口に合うイタリア物とアメリカ物の共通項は合点が行ったし、切り捨てるモノは見ないようになった。あとは和服の生活をどうやって2輪生活に取り入れていくかが課題だ。
----------------------------------------------------------------------------
【本日の写真】やっぱコレか
旧聞でスマン...MCNのソースはすぐ消えちゃうから忘れかけていたけどYSさんのページを見て思い出した。Ducatiドカの4番目のSportClassic復刻バージョンはF1だ。ベベルの3台よりスマートな感じで乗れるだろう。というかベベルは当時モノに乗ればいいから、弾けたオヤジの2台目の選択にいい。
![]()
旧車を弄るのも身体を労って生きていくのに近い。
日本人の気質がそうさせるのか、辿ってきた経験と環境の所為だろうな。より良いものを追い求め、洗練して高級化/高性能化していく。機能の向上と品質の改善がメーカーの義務と絶対目標だからね。でも良いもののベクトルがちょっとズレたらなかなか修正が効かない。
技術系の親の元に育ったから、ベクトルの指針はドイツだった。BRAUNブラウンやPorsche Designポルシェデザインのプロダクツが完成形だと...。死んでからのこと/用途を全うした後のリサイクルまで考えたモノ造りは、今でも模範的なお仕事と思ってはいる。でもある時デザインの面白味は無駄な部分にこそある!と思い込んでしまった。生活を豊かにするのは奇抜なイタリア製やおバカなアメリカ物にもあるでしょ。そして新しい製品が一番でもない。機能に徹するだけでなく趣味性が高くなればなるほど、手や身体に馴染んだモノ達があったりする。柵もそうだけど、年を重ねるだけ手放せないモノは増えるだろう...。
長く生きてると人間ガタが出てくる。壊れたところを直しながら、直らないときは騙し騙し動かしていく。場所によっては新しいパーツに置き換えることも出来るけどバランスは悪くなる。弱点を理解して労りながら無理をしない方がいい。若さに勝るものは(無駄かもしれない)経験と(懲リずに繰り返す)後悔の数だから忘却機能で武装したアタマで勝負、背伸びしても仕方ない。
昔のバイクは出来が良くない、というより個々のパーツの加工精度や素材の問題なんだけど。動力性能が上がってスピードを出せるようになるとブレーキもそれに合わせた製品が求められる。50年前のバイクと現代のモーターサイクル、プロダクト製品としてどちらが優れているかは言うまでもない。ただ昔のものより現代の乗り物がより安全に出来ているかというとそうは言い切れないし、その年月分人間の性能がアップしているかというとそんなこともない(平均身長は伸びてるけどね)。バイクのハードの基本は既に出来上がっている(ことになっている)からここ20年くらいは完熟期ってところだろうか。
もちろん最新のモノに興味を持って追っかける楽しさも否定はしないけど、そこそこ走れる旧車を愛でる趣味はゆっくり生きるための道具のような気がする。
----------------------------------------------------------------------------
【本日の写真】HONDA SUPER MONO644
最近某バイク雑誌Cのシングル特集にも取り上げられていたけど、スーパーモノ644は9年前のモーターショーで話題になったモデル。GB400/500の売れ行きが芳しくなかったからか結局発売されることはなかった。実際商業的にはGILERAジレラSaturnoサトゥルノ、あるいはSUZUKIスズキGooseグースの前轍を踏まなくて良かったのかもしれない...。このXL/XR系のRFVCエンジンは嫌いじゃない。HOREXホレックスの644OSCAオスカ(...放置ページだ)や以前書いたEgli-Targetエグリターゲット600にも載っているけど、造形的にはY印のMONOよりこっちだ。1996.1RIDERS CLUB誌を見ていたらRS-D用にラウンドタイプのオイルクーラーを買ってしもた!
![]()
ヒトも電気で動いている...だからたまには放電が必要。
電池食いのラジオもそうだけど、以前はデジカメの電池がすぐに消耗してしまうことに辟易していた。10枚ほど撮ってアルカリ電池単3形4本パーって、値札を見ない私でもコストリーではないか、外出時に余分に携行しないといけないのはかったる~と思ってた。
最近はデジカメが省電力仕様になったのか、バッテリーが高性能化してニッケル乾電池のほかオキシライド乾電池なんて新種も出てきているがどうだろう。ビデオカメラの重いバッテリーを使ってきた過去もあるし技術は日進月歩に違いないんだけど...(使い捨て乾電池を充電して使えるようにする製品1,2もある)。
廃乾電池の処理については資源活用のリサイクルと地球環境の保護の観点で論じられるけど、処理問題は処理技術や処理施設の不足ではなく回収方法の構築がネックになっている。また有害物質の含有量の低減により他のごみと合わせて処理しても生活環境保全上、特に問題となる状況にない(公害問題じゃない)らしい→。
またそれらの判断がゴミ処理と同じく各地方自治体の判断にゆだねられているから全国的規模での回収を推進するためにはデポジット制度等の法制化が不可欠とされる。つまりちょっと面倒なわけだ。それらを動かせるエコロジーの理由付けも経済的な効果も見込めないから「なるべく使い捨ての乾電池を使わないで充電式電池にしましょう」と謳いながらちーとも積極的じゃない。
でもそもそも"外付け"規格の電池に拘わる必要があるのだろうか?つまりデジカメを携帯電話のように予め充電式の内蔵電池にしないのはなぜだろう?...機種毎に違う充電器が付くケイタイもどうかと思うけど。
デジカメもハードとしての"賞味期限"はどんどん短くなっている。高性能がどこまで必要か判らないし技術は積み重ねで際限はないけど、根本的に要らないモノを削っていくのもアリかなと。
私は今どきケイタイを使ってないけどね...。
----------------------------------------------------------------------------
【本日の写真】アヒル
毛糸というか綿糸で編んだトボけたアヒル。何処で買ったんだっけ?多分UA辺りだと思うけど、コレ...タグ取られたらどこの(メーカー)だか判らなくなった。ま、それはいいけどお手製っぽい稚拙さと作為的なハズシは微妙なようで大きな違いがある。この違いはモノが溢れて出尽くしたあとでないと判らない...(物真似しかできない中国人には判るまい)。身の回りにはこの手の役立たずモノが溢れている...。最近狙ってるのはPLAYSAMプレイサムのSAAB 92.001フォルムの商品群。東欧や東南アジアの木彫民芸品も味わいはあるけど、洗練されたインテリアグッズとしては北欧の製品だなぁ。その中間は仏VILACヴィラックの製品かな。いずれにしても精巧なスケールモデルはダメなんだ...。
![]()
買い物するとき値札を見ない。ま、コンビニくらいならフツーは...。
だからいつまでも金が貯まらない(貯める気がない)のか...実はバイクにおいても変わらない。モノの値段はどーでもいい。もちろん対価はちょっと考えるけど、求めるクオリティあるいは価値"感"に妥協しなければ高額な価格には納得する。ちゃんとした仕事には正当な報酬を支払うべきであって少しでも安く、なんてのは失礼だと思っている(MVF4Sのパーツを安くっていうお客もいるけどさ...それも自己満足か)。
先日のBimotaビモータのバッタバイクTESI2Dはいいでしょ?販売価格は400万ちょいだけど、けっして"高い"と思っていない。MondialモンディアルのPiegaピエガやMVのBrutale Americaブルターレアメリカもいいけど"バランスシート"で比較するとそれらよりはこっちだ。
いっぱい様々なバイクを見ちゃうと目が肥えて良くないけど、乗り物としての道具である前に趣味の"モノ"だからね。妥協して手近なもので満足していると後悔する...。
基本的には新しいマシンにはあまり興味が湧かない...ってゆーか、古いバイクで手一杯で時代に追いつかない感じ。自分にとっては実際の"速さ"は必要ないし、レプリカのナリキリ仕様への思い入れもない。そもそも水冷エンジンは要らない、バイクは2気筒までで一人乗り、って思っていたから(旧MV4Cを組むけど...)。
新しいTESI2Dの落とし所はツボに填まってる。エンジンはMultistradaムルチの空冷2バルブLツインだし、シャーシの基本設計は20年以上前のもの。悪く云うと焼き直し、新しいよーで実はそうでもないわけだけど現代のバイクではある。かつてのTESIテージもそうだけど他と比較できない、ガキが乗れない、エンスー(アパッショナート)が乗らないのもいい。でもタイミングいいのか悪いのか...両極の2台だなぁ。
アクセサリーは嫌いじゃない。結婚指輪とSILVERリングは肌が合わず外したけど。
腕時計はほとんどしないから夏は革のブレスレットくらい、ORG.のSILVERペンダントとプラグ型+使途不明の鍵+Schucoシュコのゼンマイ巻きを鹿革の紐で括って首に吊るしている。鉄製の鍵はこれからの季節は赤サビが浮いてきたりする...。ただこれらは着けたり外したりの面倒さ加減にも依る。
で、もうひとつ...夏の必需品、サングラス。私の場合は年中だけど今はRay-Banレイバンのセルとメタルの定番モデルを常用している。ホントはメーカーはどこでもいい、詳しくもない。ただファッション性はあるけど長く使う実用品だから、ちゃんとしたレンズの製品にする。視力が良くないから昔からメガネだけど、ここ20年近くはコンタクト(レンズ)にしている。レンズを飛ばしたり目にゴミが入るのを防ぐためにも"伊達メガネ"が不可欠になった。...けして眼つきが悪いからじゃない。
今は使い捨て(レンズ)だから失くしても金銭的なダメージは少ないけどバイクに乗る時はちょっと考える。基本的にはジェット型のヘルメットは被らないしゴーグルも嫌いだけど、そーゆースタイルの方が似合うバイクもあるからね。
でで、最近気になるメガネを見付けた。ツルが木製でレンズ周りにフードが付いてリベット止めしてある。ちょっとレトロっぽいけど無骨でないバランスがいいかなと。京都のショップOBJのもの。東京銀座にOBJ eastがあるからそこでも手に入れられるはず。
最近この手の製品に板金屋が造ったアルミシェルのカバンがある。叩き出しのアルミと皮革を組み合わせたレトロフューチャーな感じの製品だ。実用するシチュエーションには悩むけどオブジェとしては判る。ただあまり使い勝手を良くしようと無難なカタチに収めると面白味が半減してしまう...(→スタジオ・プロペラ)。
道具としての用途がズレると他の価値観が求められるわけだけど、要らないモノでもあるわけで...。
【追記】詳細はOBJのHP、Collectionのページで確認できます。
----------------------------------------------------------------------------
【本日の写真】カエルメガネ?
文中のサングラスがコレ。商品名はWATER BAD SWIMMER; カエルを意味する。
唯一の問題は6万円超の価格。さてカエルだろーか?
![]()
もうひとつ...。云わなくとも、知ってる人はとっくに知ってると思うけど。
私はStickerステッカーフリークだ。Decalデカール(Decalcomanie伊デカルコマニ)ともいうからデカルコマニア。サイトページで売ってるからね。
子供の時分はガムの包装紙やお菓子の箱に入っていたシールがあったけど、それらを集めていた記憶は無い。"お行儀のいい"子供だったから机にペタペタして親に怒られたこともない。模型少年の常でプラモデルの水転写のデカールをちょっと気にしていたくらいだ。だから子供の頃の欲求不満の反動が大人になって収集に走らせたわけじゃない。プラモデルも飛行機や戦車、潜水艦ばかり作っていたよーな気がする。クルマは動くものでないとダメだった。ラジコンに行かなかったのは単に経済的な事由。
最初はイタリアの自転車、ロードレーサーのデカールワークの華やかさに惹かれた。
あ、テニスのラケットってのもある(中学時代テニス部に入っていた...)。ラケットもWilsonウィルソンのメタルやHEADヘッドのカーボングラファイト積層材のものが出てくる前(引用)、DunlopダンロップやSlazengerスラセンジャーのウッドラケットが主流(もちろんフツーはFutabayaかKawasaki)の時代だ。
自転車もアルミパイプのフレーム(参考/ALAN)が一般に販売される前のこと。ある意味競技用自転車がプロダクト製品としては完成されて、装飾を兼ねた穴開けの軽量化が目を引いていた爛熟の時代。
...その完成形はOLMOオルモだろう。DE ROSAデローザやCinelliチネッリ(参考)、Rossinロッシンなどのメーカーがレースでは優越を競っていた。
自転車に関してはそれから仏René HERSEルネ・エルス(参考)や伊LEGNANOレニヤーノ(参考)等の60年代のツーリング車(ランドナー)モデルがいいと思うに至るけど、それはそれとして...。
4輪のRenault AlpineルノーアルピーヌA110、Lanciaランチアラリー等のステッカーペタペタのラリーマシンやイタリアのバイクに飛び火したのはそれからずっと後のことだ(究極のランチアはやはりコ.レだ)。
ご存知のようにイタリア車は(4輪といえども)部品の寄せ集めだ(引用)。メーカーは部品を各部品製造メーカーから仕入れて組み立て、名前を付けて販売する。寄せ集めっていうとネガティブなニュアンスだけどパーツの組み合わせのノウハウが車両メーカーの特色になる。
パーツ一つ一つにはメーカー名が入る...鋳込まれたり刻まれたり、ステッカーが貼られたりする。イタリアのクルマ産業はそれら多くのパーツメーカーが競合しながら土台を支えている、それは今も変わらない。高性能なクルマやバイクのパーツに貼られたステッカー等は個々のメーカーの誇りと自信の表れでもある。
だからメーカーの思い入れを知ると安易に年代の合致しないステッカーを貼るわけにはいかない(参考/COLUMBUS)。年代で会社のロゴマーク等は変化するし、印刷方法も変わってくる。
イメージはステッカー1枚に左右されることがある。と、大袈裟に云うほどでもないけど...大きな違いなんだ!と一応云っておく。
ステッカーはイベント等の記念品的なもの、メーカーのエンブレム(イタ車のバイクは多い...)、品質保証のような意味合いを持つものがあるけど私が集めるのは基本的には販促意図で配られた(販売された)ものということになる。部品製造メーカーやオイル・レブリカント会社のブランドネームだ。
もっともそれらを全て把握したり収集することは難しい。
クルマと自転車関連は処分しちゃったけど、バイク用の放置ステッカーの整理はいつ手を付けられるのだろう...。...リンク張るのもキリが無いなぁ...。
最近は溜めモードに入ってる。次に来るモノ、でもなく売らないモノを探している。
他の店に置いていないモノに価値観を付けちょっとだけ"高く"売ってきた。でもいつまでもそんなことしてても仕方ない。チートモ儲からないからじゃない...バイクのパーツと同じで自分が欲しいモノもないから、もういいやって感じ。「興味が失せた」はお決まりの理由付けみたいだけど、もう無駄な(と思える)ことは止めよう。
ドカベベルのパーツを入れようかと魔が差した時期があったけど興味のないことはやってはいけないな。余計なことを考えることは無駄なこと、時間と労力の浪費でしかないし身体にも悪い...。
広告の世界からフェードアウト(ドロップアウト?)した身だから流行りモノや新製品にもピクピクする習性が残ってる(...逆だけど)。だから興味のベクトルが過去と未来の双方に向いていた(ある意味で現在がない状態)。でも昔のモノはBasta!...「今あるものだけにしましょ」ってことだ。そんなわけで売れるからって同じパーツは入れないよ。しばらくは在庫現品限りということで...。
MV150CRSのエンジンはバリバリに手を入れましょ。NOSのORG.パーツがなければリプロにしてください。ダートラじゃなくてモタードにしましょ...とまでは言わないけど、そーゆーこと。使わないモノは売ってしまえ。
以前次代に何を遺すかとか"想い"を受け継ぐということを書いたけど、ホントはモノの実体はどーでもいい。
うっ、そーも言ってられない。ヤバイ、最近モニターがプチプチッと切れる。
画像加工がし易いからCRTにしてたけどそろそろ寿命か。加油!バイクが売れるまで耐えてくり~。
----------------------------------------------------------------------------
【本日の写真】TOYOTA F1マシン
上海・淮海路にあるデパート前に展示されたC・ダ・マッタのTF104。9月の開催に向けていろいろイベントがあるんだろうな。書くとズレまくるから週末撮った写真だけ、あとは9月のお楽しみってことで。公式サイト→。
![]()
誰でも日清のカップヌードルは食べたことはあるだろ。世界に誇れる日本の発明品のひとつ。
非常時の救援物資としても(地球規模でも3畳一間でも)これほどミニマムでストイックな(!?)製品はない。お手軽な代替品ではなく独自の食品としても完成されている(スパゲティは箸では食べれないってことだよ)。
...とベタ褒めしといて、私は好きでないし血圧が高いから滅多に食べることはない。インスタントラーメンやカップ麺を食べ比べて批評しようなんて身体に悪いことは考えられない。
同じ日清のGoota具多の"エスカレートぶり"もすごい。街のラーメン屋に勝るとも劣らない味のものまであるよーだ(実際1箱送ってやりたいような店があったりする)。ちょっとググればムネヤケしそーなカップ麺の偏執ページは沢山あって、みーんなお勉強熱心だねぇと感嘆する。
昔はレトルトのパスタなんて考えられなかった。カゴメのリゾットやパスタ類も良く出来ている。もちろんこれらは日本の専売特許でないし今では海外にも似たような製品がある。しかし日本製ほど洗練され研究されているものはないのではないか。雑炊なんかは胃腸が弱ったときや一人暮らしの年寄りに丁度いい分量だ。
そう、この"適量"ってのが難しい...。モノづくりの緻密さ(お節介)は日本人の勤勉性の賜物かもしれない。市場競争の結果として製品は全てにそうした細かな配慮(ニーズの穴埋め)がされるようになっている。
存在の是非はともかく製品が淘汰されていく方向は健全だ。
もちろんファーストフードは時代のトレンドに逆行するけど逼迫したニーズは無くならない。
----------------------------------------------------------------------------
【本日の写真】日清中華「担々麺」
辛いのがダメな人にとっては評価の対象外だろうがコレはオススメ。騙されたと思って、騙されよう。
一般的でないのかトーハトのハバネロよろしくスーパーの安売りでは100円ほどになっているはず。
しかし辛いものに麻痺している通には熱い支持を受けているに違いない。
辛いものは慣れる...私もまだノービスクラスだけど昔は全くダメだったから。
少なくとも100円相当分の体験価値はある。すぐ市場から消えるから、咳をしながらご賞味あれ~
(こんなエントリをするとは...人間まだ変わる余地があるってことだ)。
関連ページ以前とパッケージ変わってる、2本立て止めたってこと?今度中国人に食べさせてみよっ。
![]()
昔から盆栽と
なので、そろそろ篆刻が良いかなと...。40の手習いってやつだけど人に教わるのは嫌だからもちろん独習。中国にはたくさんその手の教則本がある。中国では趣味じゃなくても書画に押印は付きものだからと思ってたら、駐在員の奥さんが教室に通うってのはあるらしい。
エディトリアルの凝ったデザイン本は台湾の方があるけど(漢声雑誌社のとかね)、写経や文字関連の書籍なら本土も豊富だ(大きな本屋には思っている以上にあるからビックリ!)。かつて文字設計やロゴマークを乱作してた私には避けて通れない老後のお遊びだ。
ゴム印って事務用か子供のオモチャっぽいけど一時期たくさん(週に一個のペースで)作ってた。もちろんハンコ屋に紙焼きした原寸の版下(って云うんだよ、君達!)を持ち込んで作ってもらう。値段は大きさで決まるから坪(1cm角)単価の安い店でチマチマと注文する。一坪100円くらいのところもあって、2,3個作っても儲からないから嫌がられた。
篆刻といっても篆書(...篆刻用の書体ね)を模写するなんてアカデミックな学習はしない。好き勝手な文字と"象形画"を石に彫るだけだ。道具は東急ハンズ等でも手に入るし費用もさして掛からない。プレゼントとして喜ばれるから老後の趣味には最適!なんてカルチャースクールのチラシに謳われるけど。
----------------------------------------------------------------------------
【本日の写真】ゴム印
手元に残っているもの。こんなアナログなプレゼントも今ならいいかもしれない...。
![]()
少子化傾向何処吹く風のヤンキーが日本の未来を救うかもしれないとは思うが、薔薇の字は書けてもセンスやアタマの悪さは救い難い。
職人の技がそこで受け継がれていくってこともあるけど鶴瓶みたいな顔(失礼)で眉毛のないペンキ屋のオネーチャンは怖いなあ...(重ねて失礼、以前定食屋で遭遇)。カスタムのトレンドが族車バイクみたいに云われたりジャージで闊歩できる地域もあるけど、全国的に市民権を得たわけじゃない。ゲームにもなったりしてるけど単に面白がられているだけだ。族車仕様も定番パーツがあってニーズがある(らしい)けど、なんでそんなのに憧れちゃうの...カッコいい?実際当時はバイクに興味がなくて真面目なヤツが大人になってそーゆーのを欲しがるという図式になっている(らしい)。英Rockersロッカーズも日本の暴走族と同じだし、バイクはワルの象徴で、それは世界的には共通の認識がある。でもその感覚がSophisticateソフィスティケートしちゃって自分に近付いて来たらどうしよう、とちょっと思う(Bellベルのヘルメットでニアミスしてた)。
70年代のイタリアンデザインは微妙に近いニュアンスがあるからヤンキーに興味を持たれると本心泣けてくる。元ヤンキーがお金持って他のヤツと違うバイクにすっか、って昔のBimotaビモータなんか持ったら...商売止めよう。
----------------------------------------------------------------------------
【本日の写真】GS400E 旧単車會エクスタシー極...?
このプラモデルは予約販売、5月7日締め切り, 6月中旬発売予定!急げ!!!
ヤンキーご用達アオシマ模型(株式会社青島文化教材社)のHPはこちら.
他にもある...「GSX400F旧単車會」の商品説明はこうだ...「すっごーく珍しい、BEETパーツのてんこ盛りん!ある意味、お祭り、だんじり状態!...」ヤンキー同様バイタリチ~には感服するが、クラクラしてきた。
![]()
パーツは相変わらず、最近蔵書の整理も始めた。倉庫に山積みの哲学書の段ボールは夏に処分したけどバイク関連の興味が外れた本が残っていた。
ドイツ車に続いてイギリス車だ。たまに確認のために必要だけど、これもパーツと一緒でその時はそれ...っていうほど機会はないしね。苦労して探して、漸く見つけたパーツも仮組みしたら「やーめた」ってこともよくある。BatesベイツのPillionピリオンパッドは皮革を張り替えて縫い直したのに売ることにした...2個目だ。Giuliariジュリアリのシートもそう。旧ロゴのネームプレートをわざわざ探して付けたのに。置いとけばそのうち何かに使えるでしょ、って声もあるけどモノは動かさないと。AirHeartエアハートのブレーキやKröberクローバーのタコメーターも同じ。
不器用だからか容量がないのか、行き詰ったらアタマとモノは入れ替えないと先に進めないのかもしれない。無駄なようだけど知識とモノは余裕がないと遊べないからね...あ、お金も。
"遺すもの"を考えてるわけじゃないけど無駄な(よーな)寄り道はもういいだろう。でもモノはちっとも減らないからこの整理も1年毎にやってるなぁ。
根が商売人じゃないから商品選びに苦労する。そのうえ天邪鬼だから売れ筋商品は扱わない。100人に2人くらい興味を引きそうなモノを、無い(?)ブツ欲を駆り立てて探してくる。
自分が飽きてしまったモノはどーでもよくなる。もちろん売れることを見越して仕入れるけどパーツはまず自分用に集めるし、ヘルメットやジャケットは自分サイズが基本だ。売れ残ったら自分で使うとしても、それ以外のものが難しい...。サイトで「センスはバランス」なんて謳っているからありきたりのモノではダメでしょ。自分の興味がないモノは無責任に...というより「ココがいいでしょ」って云えないから自分の持ちモノを売っている方が安心だ。中途半端に被ってくるカテゴリーはゴチャゴチャになってしまうけど、イタリア旧車とアメリカ土系バイクは接点が少ない(マッキくらいね...)から住み分けが出来るような気がする。そこはバイク繋がりではあるけどそもそも入り口が違って中でぶつかってしまったようなものだ。イタリアの古いバイクに乗っていてもその当時の服なんか着たくないでしょ。米モーター系アパレルがトレンドともちょっと引っ掛かって無難な選択だ...古着だけどね。乗るバイクに(よって)相応しい格好はあると思うけど、ベタでなくどこで繋げていくかがその人なりのセンスじゃないかと思っている。今(現代)に生きながら昔のバイクへの昂ぶり方があるはずだ。
不良在庫が沢山あって「ステッカーやキーホルダーの整理はどうなっとる?」「足の踏み場もないほど食器があるぞ...」「ヘルメットのリペアは?」って天の声も聞こえないフリをしている。そんなことより、やることがいっぱいあるんだな...。
人なつっこいのがダメだ。だからイヌはちょっと苦手でネコがいい。最近のプロダクト製品もErgonomicsエルゴノミクス(人間工学)とか丸っこく有機的な形態で媚を売っているみたいだ。
いや、逆に人間工学は在るべき姿勢をヒトに強要しているような気がしてならない。工場でもなければ効率のいい動作なんて必要ないし、疲れたら休んでしまえ~。機械モノは角くていいし、メタルのエッジで怪我をしようがいいではないか。現代は素材感が薄れている。キッチュな原色プラスチック製品は香港のオハコだったけど今はデフレに加担する100円ショップがその代わりかな。見た目金属みたいでもカメラやケイタイはプラスチック製だし、バイクのパーツだって樹脂製だらけ。"らしい"モノが少なくなって、"一生モノ"とか云われて同じものを造り続けているトコの製品が持てはやされることになる...それだってそんなに使わないのに。機能と性能に寄っかかって用が足せれば十分なモノばかりでそれらが使い捨ての消費生活を助長している。確かに電化製品やデジタル機器は消費サイクルが早いから新製品を追っかける理由もニーズもあるけど、用途をエスカレートさせなければ不要なものもあるだろう。用途がダブるモノは要らないけど単一機能のモノは数が要る。つまり用途を減らせ、ってことなのだ。あると便利で出来ることはいろいろあるけど、やろうとしないこと。便利は不自由って言わない?
----------------------------------------------------------------------------
【本日の写真】Magni Agusta 600S
もう何年も考えてきたことだけど最近現実味を帯びてきた。MVのパーツは入手が容易ではない。特にオリジナルの外装は世界中から取り合いになる。でもコレっきりで1台組むのはそれほど難しくない。一番の問題はコスト、先立つものが肝心だけど...それはどうにか"する"ものだ。ワークスマシンなんて要らないし、Mondialモンディアルのビアルベロを諦めれば容易いだろう。イラストは実際に造られるMagniマーニフレームとは異なる。50sのMVワークスマシンに範をとっている。GIRLINGガーリングのショック以外はまだないけど600のエンジンなら転がっているだろう...。詳しくはコチラ. 図はちょっと修正した.
![]()
たまにはモノの話をしよう。捻くれているから在り来たりのモノでは満足しない。機能に拘る、デザインに煩い。ヤカン/ケトルは水を沸かすものだけど、代用は鍋でも電気ポットでも電子レンジでも可能だから無くてもいいものかもしれない。
でもキッチンにあるべき基本アイテム。素材は機能上スチールかステンレス、もしくはアルミ製だから傷は付くものの朽ちるようなモノではない。耐用年数は長いし、大体使えなくなるのは取っ手が取れるか空焚きしてしまったら...だろう。独り暮らしを始めるときや引越しを機に買ったきりあまり買い換えたりするものでもない。「長く使えるから多少高くても良い物がオススメ」とはもっともな売り口上だけど実はそんなに良い物はない。ALESSIアレッシ等のデザインものはオブジェとしてディスプレイにはいいけど全く実用的ではないし、その目的であれば尚更飽きてしまうから耐用年数は短い。今ならHACHMANハックマンや柳宗理の製品だろうか...。
----------------------------------------------------------------------------
【本日の写真】英Simplexシンプレックスのケトル
現行製品はよりクラシックなタイプしかない。すぐ沸いてしまうから笛付は要らない...なぜシンプルなのが無いのか...事務所で使っているのは今から10年以上前に購入したもの。持ち手がNGだけど他モデルに興味のある方はココも.
![]()
ヤフオクの評価が4桁になってしまった。リピーターも多いから取り引き数はその3割増しだろう。単価の安いものばかり売っているわけではないから、よくやってるよねぇという感じ。当初サイトページへの誘引を目的にしていたのが今ではバーター(物々交換)スペースだ。
ヤフオクもebayもここ1,2年で随分と変わっている。日本の場合はPCの普及率アップもあるけどいろいろ言われていてもyahoo!ヤフーがネットの普及に貢献したことは間違いない。オークションにさっさと見切りをつけて独自の路線を歩んでいる楽天も流石だ(ビッダースはダメだ...)。このブログはまだ"らしく"ないけど、扱う内容がアナログだしトラックバックするブログも少ないから...(そもそもタイトル検索で惹き付けようなんて考えてないのは分るでしょ...)。アフェリエイトとかSカートも使えるからいろいろやり方はあるんだけど、根が怠け者だからねぇ...。HPというか単なるサイトページは受動的だからそれを補足する意味でメルマガとかがあるけど数があったらそれも埋もれてしまう。...自分自身登録しても読まなくなるし、配信を止めるところも多い。サイトとオークションのお客さんの趣向は必ずしも一致しない。...在庫パーツはオークションがいいかな。他の店にないモノはネットで探してくれるからね。実はヘルメットはサイトの方が買ってもらえる。ということもあって、ブログが有効な手段になればオークションに出品しなくても良くなるかな。
メタリックで無機質な金属の質感も好きだけどプラスチックのポップでチープな感触もいい。嗜好はちょっとややこしい。些細な違いのようで本人にとっては大きな違いだったりする。子供の時分は理系の親の影響もあってかモノは機能優先、実質本位だったような気がする。価値観は決まっていないけど、それは環境の習慣から導かれる必然に違いない。
ステンレスの医療器具のような冷たくて虚飾を廃した遊びのない造形を"良いもの"と認識していた。手は出さないけど新しい素材に興味を持つのはそんな所に端を発しているからかもしれない。いつ一見無駄な造形や装飾にも意味があるということを意識したかははっきりと覚えている。12,3歳の頃、友人宅で自宅にはない装飾が施された食器を目にしてそれは無駄な贅沢に思えた。しかしそれは贅沢ではなく、生活の愉しみだと諭された。その時は意識しなかったけれどそれからモノの見方が変わった。モノの存在意義が見えてくる。モノの価値は相対的なものでなく、個人的なものであること。用途のないモノの存在価値、彫刻や絵画など芸術の意味が分ってくる...。だからバイクのパーツもチタンやジュラルミンじゃなくて錆びる鉄やへこむアルミが好きだったりするのか。M/Cは芸術作品ではない。工芸的な作品と呼べるものはあるけど乗り手があって成り立つ製品だ。だから乗り手の使用感の見えないバイクは魅力的でない。ある意味で未完成の状態だ。自分の体格に合わせてステップ位置を変えたり、乗り方に合わせてパーツを変えたりするのは新しいバイクでも同じ。年月を掛けて自分仕様にしていくのが本来の在り方だろう。後の手間を考えると昔のバイクは内外とも綺麗にレストアされた車両がオススメだけど上手く遣れるような乗り方が出来るだろうか?ピカピカにして飾り物になってしまうのが常だ。
Barden-Barden(バーデン・バーデン)て知ってます?ドイツの温泉保養地で、観光コースにもなっているから行ったことのある人もいるかもしれない。地名も直訳すると温泉・温泉て意味だけど...。温泉/クアハウスはもちろんカジノや競馬場、劇場もある。公園の植栽や街路樹も良く手入れされてアチコチ裕福な感じが漂っている。
白大理石と緑花崗岩の建物が並ぶ町並みは立派だけど、貧乏人の私にはあまり居心地は良くない(同じリッチなイメージでもイタリアのBergamoベルガモの方が好きだな)。保養・療養が目的でないと楽しめないし...カジノくらいだし、年寄りの金持ち向けなんだけどな...。昔旅行のガイドブックを書いていた頃、取材を兼ねて「フリードリヒ浴場」(ここに詳しい)にも入った。日本人も多く日本語のパンフレットも置いてある。ここは素裸で混浴、ヨーロッパではちょっと珍しい。建物もデカイだけに中は広い、天井が高い!シャワーの水は空から大粒の雨が降ってくる感じだ。うとうと出来る最後のレストルームは欠かせないけど、自分の身体の大きさと空間がアンバランスな感じがした。そのときは香港人(のはず)がちっちゃいチンチンを勃てて歩いていて、紐みたいなチンチンの黒人と一緒に笑った。水着着用の「カラカラ浴場」はモダンな感じで温泉プールみたい。わざわざ行くことも無いと思うけどカップルならいいのかな。今日は旅行案内みたいだ...。バーデン・バーデンに行くのはそんな目的のためだけじゃない。実はそこにはMVのスペシャリスト、R.シュナイダーがいる。手紙や電話じゃかったるいから直接出向いてしまうわけだ。クルマ好き、バイク好き、モノ好きはヒマとお金を持て余したら世界中何処でも行ってしまう。でなくとも、旅行ついでにカギ屋でスペアキーを作ろうと考える。場末のバイク屋には掘り出し物がないかと覗いてみる。旅行ついでに用事を2つ3つ準備する。でも最近はネットとメールで行かなくとも良くなってしまう...。楽だけどつまらなくなった。
昔のアメリカ製品を扱っているとメーカーの衰退の歴史が見えてくる。
BucoブーコもBatesベイツも勢いのある時期(それぞれ50年代と70年代)の製品は良く作られている。
大量生産が進んで生産拠点を海外に移していくと次第に品質が落ちる、管理が杜撰になる。
会社が大きくなると仕方がないんだろうけど、いろいろな製品を作るようになるとダメになってくる。
靴屋は靴屋のままでいるのがいいようだ。そもそもアメリカ物はファッションと関係の無いところにあるし。
皆アメカジから入っているけどそのまま一途にMADE IN U.S.A.に拘っていないだろうし、
目にしないのは単に流通の都合で世の中にはもっと面白いモノや良く出来た製品は沢山ある。
ワインの当たり年と同じで何年の何処の製品はいい、という感じだ。
だからセレクトショップの別注とかも判らなくもない...必要かどうかは別として。
現代の趣向に合ったデットストックならお宝かもしれないけど、そう都合よくはいかない。
ヘルメットもBELLベルは本気で作っている感じがする。その他大勢のメーカーが消えたのも頷ける。
いつのまにか、リペア待ちのヘルメットが10個以上溜まってきた。正月休みなんてないしなぁ...。
今はモノが溢れているから、ここはいいけどここはダメ、これはしょうがないってこともないでしょ。
そう思うことがあったら...思う人は他にも居るから、誰かが全部好きになるようなモノを作ってくれている。
"出来損ない"はたくさんのニーズがないから残っているようなもの。
オーバースペック/過剰品質は余裕とかゆとりって言葉で置き換えられるけど、やっぱり余分なんだ。
そう思うと見た目スッキリ、スタイリッシュなモノでも用途/機能以上にデザインされたものはNGだ。
...ホントは場違いなところにあるだけでモノに罪はないけど。
世界基準とか云っても所詮先進国の驕りの優越感だから、ちっともフツーではない。
無駄なデザインは社会の成熟を示すバロメーター?が、どうした?そんなの要らないだろ。
生産コストと市場価格のバランスが違うから世界にはそれ以外のフツーのモノがいっぱいある。
アフリカや中国とか飾り物にしかならないものは別にして人件費が安い分手の込んだ製品もある
(過剰装飾ってのも無駄だけど...)。エコロジーとかも人間資源から考えないといけない。
これからは単なる生産基地じゃなくて/経済効率が優先したゴミづくりは終わりにして
もうモノ珍しいものなんてないし、現地の特色を生かしたモノづくりに移行すべきだ。
凝ったソースのフランス料理よりシンプルで新鮮な食材のサラダの方が美味しい。
モノの選択の出来ない方が生活が豊かな感じがするのはなぜだろう。
Rodyロディの友達はアシカのSallyサリーだけじゃなかった。
クマのTeddyテディもいた。バランスはロディには及ばないけど...。
アチコチに置いてあるから知らない人が珍しいくらいだろう。
以前はちょっと変なキャラクターのはずだったのに見慣れるとフツーになってしまう。
ファーストフードの店で限定グッズが売られたり、そんなに持てはやされるのは日本だけに違いない。
ロボットや怪獣のソフビ人形は興味ないけど、ぬいぐるみも含めて独特なカタチに惹かれる。
イタリアの幼児玩具は侮れない。日本はアニメキャラクター先導だけど...。
時を同じくして見つけたモノがある。Tutto Chiccoトゥット・キッコのネコがいい。
現行品は赤味が強いけどオレンジ掛かったレッドがイタリアっぽい...それもまだあるかな?
猫好きへのプレゼントには絶対なんだけど。最近ロディは金・銀の季節柄限定バージョンが出た。
クリスマス終わったら飾り付けと一緒に冬眠させなきゃならない...。そんなの要らない。
----------------------------------------------------------------------------
【本日の写真】Gatto
これがそのソフビフィギュア、本来は乳幼児の知育玩具。大きさは全長10cmほど。
Gatto(猫)といえば伊FaenzaファエンツァにGattiガッティという有名な陶窯がある。
![]()
趣味と商売が一緒じゃないけど
この仕事も自分のモノ探しが発端だからそう云えなくもない。
お客さんが探しているものと自分が欲しいものがダブっても一歩先に私が手にしているわけだ。
役得だからピカイチの商品を持っていて当たり前。後から後からやってくるから結局手放すけど。
持ち物ページを見ていれば分る...。逆に売れ筋でないものは他の店にはないからアシが早い。
探し物の問い合わせに即手配できるものもある。一般ウケが期待できないものはオモテ(店頭)に
出していない。もちろん自分用の取り置きということもあるけど、ピンポイントで探しているものは
在庫があったりする。「こんなものないですかぁ~」に「これですかぁ~」って感じ。
手元になくても持っているところを知っていたりもする。コレクションの趣味があれば
もっと徹底的に集めるのかもしれない。でも自分との繋がりのないものは興味がない。
時代を遡っていろいろ調べたりサンプルとして製品を集めたり、実はそういう探究心と責任感はない。
バイクも服も吊るしのままは考えられないし、壊れたものを直すより新しいものを作る方がいい。
ヘルメットやナイロンJKTは放っておいても売れるから最近はいかに市場に無いものを探している。
そして自分の手を経ないとカタチにならないもの。
そうそう、別注/コラボとかいう商品は穴埋めしてるみたいでNGだ。
身軽でいたいと云いながらこの様だから説得力はないけど、基本は自分が欲しいモノだからね。
もうヘルメット止めようかな、と思っている。
リペア待ちの在庫は20個くらいあるけど、ちょっと飽きた。
そろそろ十分出回って皆欲しいものを手に入れた頃だろう。程度の良いものを追い求めたら
キリが無い。業者もフリマで探すよりネットオークションで探す方がいいから、
大体価格も決まってきたし利幅も薄い。ebayオークションでも付けてくるメンバーは同じ、
顔まで浮かんでくるくらいだ。裏取引ばかりになってきたし...。
これからは売れ筋・定番を外して色モノ・レア物狙いでいきましょう。もしかしたら化けるかもしれない。
マニアやコレクター相手に押売りしたり...素人を騙して売りつけるってことじゃなくて、
市場価格の定まっていない古物を現行商品と変わらぬ値段で買っていただく、ということです。
ブランド品みたいに値段の判る商品なんてつまらない、次があるものは残らないでしょ。
古物の付加価値は希少性ではなくモノの存在そのもの(存在感)にあると考えると
同じようなモノをたくさんより同じ視点で選んできたモノをイロイロの方が楽しい。
ただ目利きにしか判らないようなモノはダメで、誰が見ても良いと思えるモノ...値段は別にして。
コアなマニアにはメモラビリア/記念品がいいんだけど、これはひっそり売ることにしよう。
今サイトで販売している古いステッカーの多くはアメリカからのものだ。
それは需要があって売れ筋ってことなんだけど、ヨーロッパ物も無いわけじゃない。
グローバル企業の販促用のステッカーは英語表記が標準だけど
拘っていくと文字が現地の言語で書いてあるものを探している人もいたりする。
イチイチ探すのは面倒だけど、嫌いじゃないから取り寄せてしまう。確かにニーズは少ないけど。
アメリカ物は膨大な数があるから、前にも書いたけどカテゴリーやメーカーを絞って探す。
自分用が基本で、そこにニーズと商品として利幅のあるものを優先する。
品揃えとして"ハズシもの"4輪HotRodホットロッド関連のステッカーも入れている。
グラフィック的に興味深いからだけど、実はそっちは現地でかなり人気があって安くない。
50年代のものになると水転写式のデカールだけど、やはりアメリカには熱心なコレクターがいる。
今までその手のアイテムが市場で売買されることが無かった。レア物は相場が無いから
コレクター間の物々交換がフツーだ。昔のバイクのパーツもそうだったんだけど
ebay等のネットオークションで陽の目を見て埋もれていたものが市場に出てくる。
珍しいものは実は存在しないものかもしれない...。
----------------------------------------------------------------------------
【本日の写真】30s Champion Spark Plugs のデカール
これはは古のインディーカーの脇腹に貼られていたものよりまたひと昔遡る。
当然誰も当時物が残っていると思っていないし、実際に必要としている人なんかいない
(写真右はメーカー復刻品、厳密には文字のバランスと色味が異なる)。
...ということは皆が探している50年代の楕円のものもどこかに眠っているということだ。
![]()
3回続けて割れて来た。
食器やガラス類はそういうことがあると分かっているけど...。
だからそのリスクを考えて売り手には念を押して梱包させたり、数を纏めて送らせたりする。
もちろん保険は掛けるけど、代用が利かない物品もあるから代金が戻ってきてもちょっとへこむ。
言い訳じゃないけどそういうへこんだコストが商品には乗ってくる。数のうちには売れない不良品もある。
今Corningコーニングのマグカップを集めているけどそもそも製品のクオリティが高くないから
傷や色ムラのあるものが多い。個体差の域は外れているし、"個性"と思わせて売るのはまた厄介だ。
"ワゴンセール"って言って売ればいいのか。...商売じゃなくて、というか好きでないとダメだな。
アパレルはほどほどの日本人体型の商品なら問題ない。メインはジャケット類だから。
ただ靴は履いてみないと分からない。見た目に惹かれて試着してバッチリだったら買ってしまう。
店頭でカタチが気に入って試着してもしっくり合うものは限られるから、ユーズド品ならなおさらだ。
足のカタチに合ったものは傷だらけで古くなっても、捨てられない。
----------------------------------------------------------------------------
【本日の写真】で、またブーツ
ワークブーツはバイクを乗るのに不具合なこともある。その点M/C専用ブーツは抜かりが無い。
これはカナダ製Daytonデイトンのブーツ、オイルドレザーだ。知名度は低いけど良く出来ている。
商品だったけど私物にした。あまのじゃくだから"ネコも履いている"レッドウイングは避けたいしね。
サイズは7 1/2E、普段Chippewaチペワは細めのDだから8を履いている。
![]()
"一途でない"から最近コーヒーカップはTEEMAティーマからPYLEXパイレックスになっている。
ちょっとキズ有で売り物にならないやつだけど、結構気に入っている(写真は以前の日記に)。TEEMAは巷のカフェでも出すところがあるし、全然悪くは無い。だけどカタチにそつがなさ過ぎる...。
私のゴチャゴチャの机上には居心地が悪そうだ。その点PYLEXパイレックスは造りも大雑把でいい。人を呼んで自慢できる部屋ならいいけど、他人に居心地がいい空間とは思えないし。
モノは入れ替えが当たり前だから個別の思い入れはいけない。どうせ続かないのは判っている。使わないものは売ってしまう。モノを捨てないで売るのはヒトにゴミの処理を委ねるようだけど...。
変なモノを入れない(仕入れない)ようにしているけど、昔のヘルメットなんかはゴミのようなものだしね。視点を変えればそれも自己満足だ。やはり拘らないで生きるにはモノから開放されないとダメだ。
軟弱者でロッカーでもアウトローでもないから(本質的にはそうだけど...)ダブルのライダースJKTが着(ら)れない。
興味が無いわけじゃないけどホント縁が無い。アメカジ一筋、古着好きなら通ってこないといけないトコだけど。SchottやLewisやBucoやBatesは依頼があって探していても手元に留まることはない。本意でなく頑丈なアメリカ物が残ってしまうこともあるけど、華奢で繊細なイタリア物の方が好きだ。
モノにはお国柄があって、使い方は学ばないといけない。伊デザイナー物は守備範囲が狭いし、賞味期限も短い。オールマイティじゃないから数持ってTPOで使い分けしないといけない。そういう点ではイタリアのバイク用ギアは使い捨てみたいなものだ。面倒なら頑丈なアメリカ産かメンテナンスフリーの日本メイドがいい...これはバイクやクルマと同じ。
革ジャンとかヘルメットとか人に自慢出来るほど徹底して集めればいいのに、ダメだな。飽きっぽいし一途でないのもあるけど、天邪鬼なくせして全体のバランスを取ろうとしている。
服や靴に迷う一方で画集や焼き物にも食指が動く。...バイクのパーツはもちろんだ。美味しいものを食べたいと思っても、本を買って手持ちのお金がなくなったら食事はヌキだ。変なトコロでバランスを取ろうとしている。何処で道を間違えたのか、いつからこうなってしまったのだろう...。
扱う商品は60~90年代のものだけど、もちろん世の中にはそれ以前のモノも存在している。
うっかり40年代のモノを仕入れても自分自身との繋がりはないから、確認したら即商品になる。ART DECOアールデコの様式美には惹かれる。だから当時モノがいいかと云うとそうではない。
MACHINE AGEマシンエイジの電気製品は前時代のハード面から実用には不安がある。そこにレトロスタイルの現代モノの存在意義があるわけで、"機能が命"なモノは現代の意匠がいい。
ARTアートも実はそういう面を持っているから、同時代に活きている現代美術が一番面白い。Decadeデケイドという区切り方で総括できるほど昔のモノ達を(キリが無いから)把握できないし、好奇心だけで迂闊に手を出して集めても中途半端で終わるのは目に見えている。
何かひとつカテゴリーを絞ることも無理だから、自分の生きている時代のモノに限定する。
ただ、日常古物を扱っているからアパレルは別だ。無いもの強請りするほど"好き"でないし、衣服はどうせ2,3年しか着ないのだから(でもないか...)ユニクロや古着でイイじゃないかと思っている。
----------------------------------------------------------------------------
【本日の写真】ORANGINAオランジーナのグラス
日本で云うとバヤリースかな。リボンシトロンとかじゃない...。 昔から仏オランジーナの販促物は好きだ。これは日本で買った、1個500円也。普段使いのグラスは割っても惜しくない値段のものじゃないと...と言いながら高いもの売ってるけど。
![]()
最近また自分の持ち物を売っている。
部屋の飾りになっていて...使わないものは回していかないと。
まぁ、入れ替えにもお金が必要だから、といえばそうだけどモノは動かさないといけない。リサイクルだ。ディスプレイ用のメモラビリアもたまに入れ替えないとホコリを被ってしまう。
飽きっぽいのか、長持ちするモノや永いこと鑑賞に堪えるモノはつまらない。かと言って今モノのおNEWを買うのもね...それはエイジング加工されていても同じ。
流行りモノは次(シーズン)があるから、ブランドを追っかける意識が働いてしまって宜しくない。自分と同じように年を取っていくモノでないといけない。衣服や靴は使い古されていく過程がいい。モノにも資質があるしそれを見極める目も必要だけどいろいろ道草食ったし勉強代は払ってきたでしょ。
毎朝なかなか点かないアンプも、キズ物の売れないカップも個性と思わば"もののあはれ"は"いとおかし"。
身の回りに気に入らないものがあるのがイヤだ。
部屋の隅に綿ホコリが積もっていようと。間に合わせのモノは要らない。だからいつまでも缶切りが無かったり、スリッパが無かったりする。
不便は何物にも優先する理由じゃない。趣味のモノはもちろんだけど日用品にもうるさい。床に転がるティッシュの箱やプラスチックの洗濯バサミ、机上の文具類は言い出したらキリがない。
高級品はないけど探す労力や検討されたモノ達の数を考えると安価に済んでいるとは云えない。センスはバランスだし、最近はゴミを出さないよう無駄な選択をしないようにしているつもりだけど...。
単一機能で最小限の意匠でフツーのモノがいい。そしてこれが肝心!、程々で朽ちてしまうもの。
実際は気に入らない"引っかかるモノ"を気にしてしまうことがイヤなんだな。唯一の解決方法は、モノを一切持たないこと。そういう宗教観を持つことが必要だ。
モノに拘るのはどっぷり日本人であるのと、人間が"出来ていない"せいかもしれない。文明を拒否してアーミッシュのような質素な生活を楽しめるのならいいけど...。拘りつくした先にストイックな生活があるはずと思いながら、物欲がないのも味気ないなぁと...。
"先取り"は後から来るからいいわけで、そうでなければただのハズレだ。
ファッションなら1シーズンぐらい先でないとダメで、2年後にやって来るのは的外れってことだ。つまり"今"とちょっとズレていないといけない。先人が評価して認知されているものは安心だけど自分がわざわざ再認識とか云って取り上げるほどのことはない。インテリアの流行がそうだ。
温故知新ってことではなくて、目の前にない(...ここが肝心!)今の気分のモノを探してくる。だから時代が追いついていなかった先走っていたものや取り残されていたものもいい。昔のものを手本にそのまま作るのは芸がない。今の(自分の)解釈が入っていないとつまらない。そのままのモノがあるのなら、それだけでいい。作るのなら"ないもの"にしないか。デニムとかビンテージ風アパレルは拘っているトコロは判るけど、チマチマしてないか?個人で遊ぶのならともかくいっぱい作って売ってしまうのはどうかねぇ、と思うのだ。
最近あまりバイクのパーツを買っていない。
イモラのMostraも期待できなかったし。一方で食器やおもちゃ、扇風機、果てはスケートボードまで仕入れている。いろいろあった方が面白いからだけど、ウチは何屋なんだろうね...。
北欧のデザイン物はスッキリしていていいけど"モノ"としては物足りない。デザインが主張し過ぎるのはNGだ。食器はセットで揃えたりする気にならない...。MUJIやFranc francのものも単品ではもたないし、かと言ってそれだけってこともありえない。
Conran Shopはちょっとズレてるし、Living Motifはギフト用にはいいけど実用には向かない。BEAMSやUAをひと通り"見学"して、結局収穫は100円ショップのプラスチックケースだったりする。
シンプルがベストとは思わない。モノを持たずにいられればいいけど、そうはいかない。贅肉を削って骨だけになっても、骨に模様を入れたりしてしまうものだ。
ガレージや部屋のディスプレー用として使えないパーツや錆だらけの看板を売っているけど"余計なモノ"はその現物限りのものでないといけない、と断言しよう。
レプリカの看板やミニチュアのフェイク物はキレイだし容易に入手できるけど味気ない。ミニチュアカーも43スケールの精緻な造りもいいけどそれなりの大きさがないと存在感が足りない。というわけで、最近ダイキャスト製のディテールの甘い"はたらくくるま"を探している。"はたらかない"レーシングマシンはチマチマのボリュームが必要だから諦めた...。大スケールのRCカーも拘るとキリがないけどそういう方向にはいかない...。子供の頃遊んでいた色の剥げたミニカーや跨れるブリキの自動車は何処かに行っちゃったけど当時を懐かしむわけではなく、置き物としての実物だ。やっぱり、過去の遺物だけどね。
----------------------------------------------------------------------------
【本日の写真】60s FORD4000ショベルカー
ディテールが細かい...はたしてMADE IN JAPANだった。難易度は高くないけどレストアしてはいけない...。
![]()
だんだん寒くなってきた。もちろん暖かい方がいいけど嫌いな季節でもない。
重ね着したり、革モノが好きだから出番の増える陽気は嬉しい。以前は冬物は8月の終わり頃に買って、早く寒くならないかと思っていたものだ。今はモード志向でもないし、上質な革は実用品でないことも知っているからそれこそ2世代くらいは生き残ってしまう古着アイテムばかりだけど。
Felisiフェリージのバックが好きだった。皮革とナイロン生地の組み合わせが粋だった。手元にはベルトしか残ってないけど、アルマーニやパチョッティならともかく今どきそんなTPOは存在しない。カバンはTUMIトゥミやBRIEFINGブリーフィングがいい。
あ、PORTERポーターも使っていたけどナイロン物はちょっと線が細いしブリーフィング位の無骨さがないとヘビーな重衣料に太刀打ち出来ない。
古ければ古いほど良しとされるのが骨董の世界だけど、変態の世界でもあるからね。
焼き物も足を突っ込んだら泥沼でキリがない。キリのない加減で云ったら造るほうが健全だ。
PYREXパイレックスのコーヒーポットやCHEMEXケメックスのコーヒーメーカーも仕入れている。刻印の違い等で古い仕様の方が人気があるけど実用はどうかなと思っている。それぞれヤカン代わりやインテリアのオブジェにするのがいいだろう。
つまり昔のものは飾り物に出来るかどうかに係ってくる。ヘルメットと同じだ。
以前からエスプレッソマシーンを収集しようとしているけど、あまり奥は深くなさそうだ。
食器やガラスは効率が悪い。
重量があるから送料は嵩む、保険も必要だ。デットストック(新古)品を大量に仕入れるのがコツだけど、同じものを沢山売りたくない。儲けだけを考えるとバイクのパーツやレアなキーホルダーの方がいい。でも結局好きなんだな、陶磁器やガラスが。本当は作家の作品を扱いたいくらい。もちろん陶磁器にも昔のものがあるけど、用の具が基本だからコレクションとしてのオブジェでなく、日用の器として実用できるのがいい。
マグカップひとつだけならコレ!ってのがあるけど、気分でいろいろ使いたいでしょ。花柄や余計な文様のテーブルウエアの好さは判らない(嫌いだ!)から日本では見掛けることのない
製品を入れることにした。本当は中国で(レプリカの)オリジナルを作りたいんだけど。
自分が欲しいモノを手に入れたらもう探したくない。
そうは言ってもMXブーツはあれこれ仕入れたけどほとんど売ってしまっている。自分で履く機会がないのがいけない...、サイズが合っても手放してしまう。ディスプレイ用とかレンタル用と考えていないと手元に留まっていない。
最近"また"Halliburtonハリバートンのビンテージスーツケースを手に入れた。ビンテージのゼロハリ(ゼロの付く以前のものだけど)はまだまだ不当評価されていると思う。
判っている人もいるはずだ。比較は無意味だけど80年代以降の製品はセンス悪い!と断言する。モノに罪はないから持ち手のキャラクターが肝心なんだけど、サマになる奴は身近に居ない。
今どき機能云々で言ったらRIMOWAリモワやTUMIトゥミが健全な選択でしょ。
最近またキーホルダーを探している。
もちろんサイトの商品としてだけど。ずっと見ているヒトは知っているはずで、キーホルダーは400点以上の"秘蔵ストック"状態だ。今回は4輪関連に絞って集めることにした。フランス車がメインだからルノーやシトローエンになる。以前少し販売していてかなりのマニアが居ることは判っている。ビバレッジ関連はすでに供給過多だけど、フレンチパブ関連の灰皿・グラスやキーホルダーとアメリカの耐熱ガラス食器類を並べて販売する。
バイクもそうだけど実用や機能が選択の第一条件じゃない。先ずエレガンスであることが基準だ。FireKingの"ミドリ"カップ(ジェイドシリーズ)は扱わない。アメリカンカントリーファンはどっか行け~って感じ。
今更イームズ時代のインテリアグッズは食腸気味だろうし、それは"にわか"専門店に任せるとしてウチはアールデコとマシンエイジに拘る。やっぱりアルミのボコボコとヴェトロのユラユラでしょ。こざっぱりした部屋は居心地が悪いからね。
海外のコレクターやバイク好きの家を訪ねると感心することがある。
ガレージの設備や環境はもちろんだけど、何よりその内容の多彩さ、というかオリジナリティだ。画一化されたお決まりのラインナップでなく本人にとっての必然と歴史が伺い知れるコレクションだ。いわゆる名車だけを集めている人もいるけど、商売の話は出来てもバイクの話は出来ない。
何でもまず最初にヒト在りきなんだな。同じモノを介していてもそのスタンスの違いは大きい。
バイクも車もそう。家具や家もそうで、日本では当たり前と思っていた事象がそういえば"おかしい"。流行りモノは"ピン"だけだけど、皆が持っているモノなんか要らないじゃないか。
サイトでは70-80年代のM/C関連のステッカー/デカールを扱うけど、その幅を拡げる"手"もある。
4輪はもちろんスケボーやサーフィン関連のものもあるわけで、いずれも同じようにマニアが存在する。ただ後の二つは自分自身と全く"引っかかり"がないし、商売として成り立つかどうかは疑問だけど。趣味がバイクだけ、ていうのは現実味がない。機械モノが好きなら時計やカメラもあるだろうし...。
バイクが乗るだけの道具としてならともかく、同様に拘っていること(モノ)が他にもあるでしょ。若ければまだしもそれなりの年数を掛けて趣味に散財していたら、あれもこれもがフツーだ。模型を作っていたり、ビンテージのギターを集めていたり、家具や焼き物に凝るってのもある。
仕事が忙しくて趣味に費やす時間がない人はその分お金を掛けて満足を買おうとする。それもアリだし否定はしない。最近一つのことを一気に突き詰めるのもどうかと思っている。程々の"広く浅く"が楽しいかも。人生は死ぬ時に満足すればいいのだから急いても仕方がない。
ジャケットは38か40
パンツは31か32インチ、靴はメンズの8が基本だ。
昨今アパレル物は自分のサイズのものを仕入れる。売れ残ったら自分の持ち物にするからじゃない。どこか制約を決めてないとキリがないから。参考商品として小さいサイズを入れることもあるけど。
ステッカーもドイツやフランスのモノをうっかり仕入れても、ここ日本では需要がほとんどない。厳密ではないけどある程度モノの活用方法を想定する。年代や趣向のテリトリーを決めた方がいい。「売れるモノ仕入れればいいじゃん!」て言われても自分で納得していない商品は堂々と売れない。頑固で意固地で融通が利かないかもしれないけど、自分の持ち場がないと不安になってしまう。
実店舗の対面商売よりWEBショップの方が無責任そうだけど商品に寄り掛かる分差別化が難しい。何処にでも有るようなモノはつまらない。単に金儲けなら健康食品を扱った方がいいだろう。
全然モノを持たない人にはそうは見えないだろうけど、自分では収集癖はないと思う。
執着があるようでモノの手離れが早い。自分用に絶対!と思って入手してもすぐ商品になってしまう。飽きっぽいというのか、でもヘルメットはもう少しサンプルとして取っておく余裕が欲しいか...。雑誌屋から貸して欲しいとか要望がくることもあるし...、でも"身軽でいたい"というのもあって...。
バイク何台も抱えていてそれもないけど、置き場所があればモノは増えてしまうのは確かだ。何度か画集やポスターで懲りたから、"とりあえず買っとく"が自分の買い物の鉄則になっている。持ち物が増えると動くのが億劫になるのは真理だ。モノだけじゃなくて柵(しがらみ)もそうだけど。
年を経ると相応に"落ち着く"ということだ。ガラガラ引きずってきたガラクタがあって当然。大物は入れ替えていくしかないけど、経てきた時間の捨てられないカケラが転がっているはずだ。
売れている商品を仕入れるのは簡単だ。
利幅は少ないけど売れ残るリスクはないからね。
最近依頼があってまたFire Kingファイヤーキングの食器を仕入れているけど人気で売れ筋のジェード色物は極力避けている。コレクターズアイテムで値段が高めなこともあるけど実用を考えると?だ。載せた料理やケーキが美味しそうでないし、カップのコーヒーは不味そうだ。
色付きの商品の方が棚に並べたときの見た目はいいけど、食器がそれだけってことは考えられない。色はIVORYかWHITEをメインにシンプルなモデルだけ。カントリースタイルも嫌いなものの一つだし。日常使っているのはカスタードボウルやDハンドルのマグカップくらいで、私自身はあまり好きでない。
ぼってりしたカタチがNG、こっちの方が絶対イイと思うのはPYREXパイレックスのマグカップだ。人気がないから安価だし、今のうちに買い占めておこう!
折り返して夏になっている感じだけど、季節としては寒くなる方に向かう感じがいい。
常夏の南の島もいいけど、住むとなるとどうかと思う。年中同じ格好だからあまり楽しくない。
何より食べ物のバリエーションがないのがネックになってくるはずだ。リゾートはバカンスで充分だ。昔はこの時分に冬物のコートやジャケットを買ったもので早く寒くならないかと思っていた。これからは重ね着が出来るし、革のジャケットも羽織れるからね。マフラーや手袋とか楽しくない?
肉厚の革JKTは重量があって着たことのない人は持つと驚くけど、着ているとそうと感じない。慣れもあるけど身体に合っていると負担が偏って掛からないものだ。華奢なJKTは頼りなく感じる...。革パンツも身体に馴染めば苦にならない。鹿革は"すぐ美味しい"けど小綺麗でいるのが難しい。ならいっそ小汚くいようと思う。黒の馬革は擦れて茶色くなった感じが"アウトロー"な雰囲気でいい。
結局自分の好きなスタイルは決まっていて20歳頃から変わっていない。その上高級志向もない。最近入ったFOXのJKTはペイントJEANSとバッチリだけど10歳くらい若作りしてしまう...折り返しか?
ほとんどスーツを着る機会が無いから夏の"一張羅"はTシャツにジーンズだ。
あ、ゴルフもやらないからポロシャツにスラックスなんて格好も絶対無い。麻のJKT位は着るけど。ジーンズの定番と云ったらLevi'sリーバイスの501だけど実はあまり履いたことがない。昔はPiccadellyやHRMを何本もダメにした。歩き方が悪いのかすぐ尻のところに穴が開いてしまう。Cimarronシマロンの色パンも履いていたけど昨今はレディース物しか入ってないのかな...。
今はリーバイスの502と505がメインだ。ダルチザンとか国産の拘りブランド物もいいけど安くない。501はしっくり来ない。ファッションだから何でもアリだけど自分には505の方が身体に合っている。
今エイジングやCRASH加工は当然だけど田舎でウロウロしてると浮浪者と間違えられかねない。穴アキパンツはお婆ちゃんに「いい年をしてお金がないのかねぇ」と言われてしまうだろう。考えてみるとアメリカンカジュアルは年齢は関係ないけど職種で差別されていたアイテムだ。ブルーカラーとホワイトカラーの垣根が無くなって外見で職業は分からなくなったけど汚らしい格好はウケが良くない。GAPやアバクロがギリギリのところにいるわけだ。
イギリスはまだいいけどイタリアでは通用しない。汚れたようなジーンズは持って行けないんだな。
そう言えばテニスのラケットがあるはずだ。
親父のことだから捨ててはないだろう...。中学時代はテニス部にいた。お坊ちゃん学校でお遊びだったけど硬式をやっている学校はなかった。カタチから入るから道具に拘る。欧米のSlazengerやDunlop、Wilsonのラケットが憧れだった。当然先輩に"生意気だぁ"って怒られるから最初はFutabayaやKawasaki製で我慢するんだけど...。
各メーカーが素材競争に走った時代で現在主流のカーボン積層材のモノが出回る以前のことだ。ジミー・コナーズ、ケン・ローズウォール、アーサー・アッシュなんてみんな憶えていないかな。ウッドラケットはギターのネックに通じると思うけど、手仕上げのデカールワークが時代がかっている。ハイエンドの有名選手のシグネチュアモデルは凝った仕上げでまるで工芸品のようだった。80年代DONNEYやHEADはロゴもよりモダンになるけどウッドラケットは壁のオブジェになりそうだ。もっとも部屋よりガレージの梁の隅に懸けておく位がいい。思い出に浸るほどまだ歳を取っていない。
消費しないと経済は回らないのも真実だけど
余計なモノを増やさないでスローダウンするのがいい。
いかにモノを作らないで無駄な生産活動をセーブして価値のあるモノを残すように考えるべきだ。余計なモノは社会のゆとりの証明ではない。自己満足のお遊びのようなことは要らないな...。素材や製法にトコトン拘ったパン屋がある。食べ較べると確かに美味しいけどふた月に1度位でいい。普段の生活はそこまで要求しないしカラダも欲していない。"ハイソ"な生活に馴染めないだけか...。
どんな仕事も生業としての存在価値は否定できないから、口に出して云うことはしないけど例えば"10年経っても変わらないモノ造り"という尺度で判断すると篩(ふるい)から落ちてしまう。角のBARバールでブリオシュを頼むと10年前と同じモノが出てくる。そういう街の方がいいな。
関心のあることは何処までだろう。
MVのパーツは125S用が主で、実は4気筒にはあまり興味がない。
4Cのパーツはついでだけど手配をする以上資料を集めたり一応お勉強したりする。
米CAMEL PRO関連もダートトラック繋がりだけどSBファン向けの方が市場のニーズがある。
#21ローソンKZ-Rや#19スペンサーCB-Fは"男らしい~"と思うけどここらの4気筒も興味の対象外。
知ったかぶりも出来ないから後追いのお勉強も不可欠だ。数を扱っていると判ってくることも多い。
幸いにか自分の関心のあるトコロは商売にならない。だからズレたところで利益が出ていけばいい。
何でも一通り集めてしまうとケリが付く。ステッカーやパッチと一緒で必要なのは1枚だから。
だから扱う商品は私の要らない(要らなくなった)ものだ。売ってしまってもまた出てくるから...。
ずっと独自性/オリジナリティを考えてきた。
肝心なのは自分のスタイルを持つことだ。
意図しなくとも常に東洋的な感覚は付きまとう。それは育った環境と息をしていた時間の素地だ。
スタイルは経験で塗り替えられるものか洗練されてカタチになるものかは人に拠って異なるけど
物事は繰り返さないと憶えないし、懲りるまで続けないと自分のものにならない。
嗜好を見極めるには沢山のモノに触れるのが早いし、接して化学反応を起こさないと身に付かない。
仕事の自信もそういう経験の裏付けがないと生まれない。積み重ねがないと先に進めない。
一つのことをじっくり突き詰めていく質じゃないからあれこれ仕事はどっち付かずかもしれない。
でも飽きっぽいわけでも器用なわけでもない。いくつになっても解決方法は身に付けられないけど。
自分が未熟なだけかと思って先人の日記や自伝を読むとなーんだとホッとする。みんな同じだ。
差し当たって上手くいかなくとも後悔しなくていい。結果が出るまでの過程はそのための必然だから。
自分の嗜好は決まっているようでまだまだ固まっていない。
一途じゃないのもあるけど
いろいろゴチャゴチャしているのが自分にとってフツーだからだ。ON/OFFを分ける必要もないし...。
ウチが実店舗じゃないのはイロイロ面倒なこともあるけど、一つのカタチに決められないから。
飽きてしまうのもあるし、場所に縛られたくない...一所に落ち着きたくないということもある。
飽きたら次って中身を全て入れ替えるわけじゃないからそんな残骸やカケラがあちこち散らばっている。
キレイに片付けて流行のインテリアに模様替えもいいけど、引きずっているモノが沢山あるからね。
アナログのステレオセットでPaolo Conteパオロ・コンテを流しているのも変わらない。
まだ有りモノの箱にとりあえず収めているというのがいい。一日二日で引越の準備が出来るように...?
バイクのチマチマ作業をあちこちでやるのは非効率的だけど、それは自分の中では2割ほどのことだから
用途に合わせた場所を4,5カ所持つのが理想かもしれない。でも分けると分裂症みたいじゃない?
ディスカウントSHOPや免税店などで
ブランド品や高級品を安く買うとお得な気がする?
他の持ち物や昼の千円ランチや2足(3足?)千円の靴下と合わないような...
なんか居心地が悪くないか?自分自身がモノを見ている割に貧乏性(ただの貧乏?)なせいか
"頂上ブランド品"なんてのに縁がない。実際MVを持っていてもずっとそれだけで"センス悪ぃ~"って
気がしている(4Cは絶対センス悪い!)。だからストックのままでなく、あれこれ弄りたくなってしまう
のかもしれない(MVでなくParillaパリラ、FerrariフェラーリじゃなくてLanciaランチアって選択)。
フツーの工具箱を買った。ゼロハリのケースが役不足になったのと工具が溢れてきたからだ。
以前USAGウサグの工具を扱ったことがあるのにそこのはドライバーセット位しかない。
スタビのコンビは使い勝手がいいから揃えているけどFACOMファコムやSnap-onのレンチも数本ある
(ネプロスのコンビはなぜメッキ剥がれるのかな?スナップオンはそんなことがない...)。
アメリカ製のドライバーは規格の違いからか日本の+ネジを嘗めやすいかもしれない...。
親父の工具箱に木製グリップのドライバーがあって、子供の頃からPROTOプロトの名は憶えていた。
日本ではあまり流通してないしドライバーは欧州製を使うけど、ずっと気になっていたメーカーだった。
----------------------------------------------------------------------------
【本日の写真】PROTOの工具箱
普段使いに引き出しは2段で充分、本当はジジイ仕様の茶色のが欲しかった...。
内側はTEAM HONDA仕様。当然古いPROTOのステッカーを持っていたりする...。
![]()
今どきクルマは造り置きしないことは皆知っている。
注文が来てから組み立てるようになっている。
革張りのシートはオプション扱いがほとんどだけど、もっとOPを増やしてもいいんじゃないか...。
屋根もそうだし、後ろのシートは要らない人だっているだろう。喫煙しなければ灰皿は不要だ。
塗色も色によってコストは違うから価格差があってもいい。フレークやパールは追加のトッピングだ。
地色にクリアのみってのも面白い...これは誤魔化しが利かないからかえって手間が掛かるだろうけど。
内装のシートやドアの内張生地をオーダーで選べるのなら"なし"ってのもアリだ。
生産効率を考えてプラットフォームやパーツを共有したりモデル数を減らすのもいいけど
流行に左右されない基本の構成って出来上がっているだろう。10年位使えるシャーシはあるはずだ。
つまり基本の構成/最小限のベーシックモデルにOPで必要なパーツを付加していくというシステムだ。
基本コンポーネントに手を付けず外装等を流行に合わせて追加していく。そんなクルマがあってもいい。
これはPCやケイタイも同じだ。もう余計な機能やお節介な装備はありがたいと思わないだろう。
手の大きさは変わらないから人間工学から使い易いケイタイの大きさだって決まっているだろう。
2年毎とか半年毎に買い換えるというサイクルに合わせてNEWモデルを出すのを止めよう。
余計なモノは造らない方向で豊かな暮らしや社会を創っていくという姿勢が必要だ。
ドイツや北欧の製品はあまり好きでないけど"防腐剤を入れない"モノ作りの姿勢は共感できる。
----------------------------------------------------------------------------
【本日の写真】BMIのメジャー
ドイツのメタル製メジャー、手の大きさに合うモノはこれしかない。
クリップは日本製のものからの流用だけどなぜかピッタリ合う、世界規格なの?
![]()
パーツを流用しようと昔の自転車の部品を探したりする。
思わず懐かしいパーツに再会することがある。
昔、中学生の頃だけどサイクリングのブームだったのか、雑誌を隅々まで食い入るように見ていた。
当時はもちろん伊ロードレーサーが主流で、白眉はCinelliチネリやColnagoコルナゴだった。
パーツはCampagnoloカンパか国産ではShimanoシマノのDura Aceデュラエースが一番だった。
受験もあったから記憶はRene Herseルネ・エルスやMEBIUSのクロカンモデルで止まっているけど。
中途半端な時代なのか、その頃のパーツはデットストック物でも存外に安価であることに驚いてしまう。
もちろんハイエンドのプレミアムの付く物もあるのだろう。コアなコレクターも居るからね。
ただ当時のレース用部品は消耗品だからかショップにはまだ残っているのかもしれない。
手に出来なかった当時の感傷に浸ってビンテージバイクを買うんだろう。うっかりその気になりそうだ。
クルマやM/C趣味より健康的かもしれないけど、自転車は新しいモノがいいと思うようになっている。
自転車部品の変遷は目まぐるしい。加工技術は日進月歩だ。そして新素材はまずこの世界に導入される。
M/Cの最新マシンは敷居が高いけど自転車ならメカ・新しモノ好き所有欲を満足させられるに違いない。
もっともビス1本に拘ったら100万もアッという間だけど。やはりカゴ付きチャリンコでいいや。
トリコロールは赤と白と何色だ?
イタリア野郎にはverde緑だろしフランスかぶれはazur青だろう。
ま、一般的にもそんなものだろう。でもバイクにイタリアンカラーの塗り分けは恥ずかしい。
Agostiniアゴスチーニレプリカの3色(金色も入るけど)ヘルメットを被れないのは私だけだろうか。
やはりイタリア人にも基本色だけど日本人が赤白/紅白に抱くのと同じニュアンスらしい。
好感は持っているけどストレートに使えない色合わせだ。ナショナリズムを声高に掲げる国民性でない。
日本の風景には馴染めない気がする。門構えの松の下、真紅のフェラーリみたいなものだ。
一方フレンチトリコロールに抵抗がないのはワケがある。床屋でグルグル回っているからじゃない。
ホンダのIDカラー。バイクもウエアもそんなのばかりになっている。レプリカのコスプレアイテムだ。
これとてHONDAのロゴ入りは着れないからFOX物とかで誤魔化すことになるけど。
確かにメーカー製やバイク関連のアパレル物は沢山あるけどお金出してまで看板を背負いたくない。
作っていたせいかロゴ入りはノベルティで貰う物という意識があるし街着は他にいくらでもある。
ハレの舞台ならいいのか、外人なら神風の鉢巻きが出来きるようなものか...。
自分がPOPEYEかBRUTUSの世代かよく分からないけど、
少なくともアメリカ一辺倒じゃない。ブルータスは創刊から購読していたからananと合わせて平凡出版の洗礼は受けていたはずだ。
手元に残るワードローブは世代を問わないアメカジ物が中心だけどDCブランドブームを通ってきたし
モノの見方は捻くれている。クラシコイタリアも日本人には滑稽な嗜好だけど知識だけ記憶してしまう。
マンスリー・エムテイストの服を着てアウディTT辺りに乗っているとカッコイイオヤジらしい...。
お節介なセレクトショップの服は彼女ウケはするけど、金持ちのお坊ちゃん風にしかならないだろう。
流行のインテリアのにわか知識は薄っぺらでもいい。でもデザイナーじゃなければ余計な知識だ。
目新しいモノに興味は転々としても、歴史のおさらいをしているだけだ。それは再認識じゃない。
ずっと憧れていて、大人になって自分で買えるようになったからって手に入れてはいけない。
日本では何を持っても自由だけど、似合わないモノや相応しくないモノは自分でセーブしないと...。
全部繋がっているし、こんがらがっているから歳を取ったらお決まりのコーディネートでは満足しない。
バイクのおバカ雑誌って揶揄してるけど、氾濫する"もてるオヤジ"雑誌の方が余程中身がない。
ステッカーの在庫整理が大変だ。
注文が来て在庫切れに気付くこともある。
逆にないはずのものが何枚もあったりする。随時入荷してくる商品の分類が追い付いていない。
商品ページの改訂をする。ネット環境も良くなって掲載写真の鮮明度も時代に合わなくなってきた。
4年前写真は表示時間を考えて解像度/サイズを設定していた。今は気にしなくていい。
ケータイはあまり使わないけど、ハードの進歩とコンテンツの多様化はすごい。携帯対応も考えるか。
ヘルメットの参考ページを復活して欲しいという要望もある。サンプルは基準にならないけどね...。
もう昔のモノは要らないんじゃない?持ってる人はどんどん時代を遡るか程度の良いモノを
所望するけどキリがないことも見えてきたんじゃないかと...。出所は一緒だから
どこの店も同じような品揃えになる。見えないところで売っていると(直接注文ね)市場に
程度そこそこのモノは溢れている気がする。ダートラ関連のTシャツも市場のニーズはほとんどない。
賛否はともかくHONDAのアパレルショップで昔風のものは手に入るし...Metroメトロはもうダメだな。
世界中で昔のステッカーを高く売っているのはウチぐらいだから、そこらで徹底しよう。
100人のうちの2,3人のお客でいい...
と書いたけど、500人のうちの2,3人向けの商品もある。
それは売れない商品に区分されるけど、ステッカーの場合自分用の取り置きBOXに入ることになる。
ヘルメットやバイクのコスメティックパーツとして出番を待つわけだ。
レプリカマシンにはスポンサーステッカーがある。人気のあるモデルの当時物ステッカーは安価でない。
実際はカッティングシートで複製したモノでいいと思うけど、あれば手に入れたい心理も分かる。
取り置きBOXには変なステッカーばかりだ。自分がイイと思うのは一般ウケするものとはズレている。
でもそれらは複製されることのない、ほとんど1点モノだ。時代の雰囲気を演出するには欠かせない。
ステッカーは手軽なカスタムだけど拘ると難しい。意味のないモノは貼りたくない、背景が必要だ。
でも拘っているのを見透かされるのもイヤだからわざと曲がって無造作に貼ったりする...。
商売はマスで考えないと儲からないから沢山あっても限定品とか言って売るけど、これっきりがいい。
捻くれたお客を相手にすると一筋縄ではいかない。こんがらがったまま売らないと...。
あ、今日は妹の誕生日だ。オメデト。
探さなければ目の前に現れることはないけど
"宝探し"が仕事だからどうしようもない。
問い合わせのあるモノ探しが前提だけど自分用のものにも当たる。店長の持ち物の出入りも頻繁だ。
売れない商品には手を出さないつもりでもパーツもワードローブも一向に減ることがない。
トコトン集めて数がないと全体は見えないしそんな集め方をしないと存在価値がない。
"無ければ要らないモノ"ということは分かっている。だけどどうせなら何処にもないモノがいいだろう。
商品に詳しくない人にも納得させるモノでないといけない。出所のはっきりしたモノは売りやすい。
ヘルメットはBELLやBucoが楽だ。ステッカーやパッチは難しい。本物ニセ物の定義が曖昧だ。
そもそもメーカー純正、ライセンス、ディーラー製作品等があるし仕様が管理されているわけでもない。
それでもステッカーはまだ仕様/印刷や加工、書体等で当時モノかどうかの判別は出来る。
パッチは当時のデット物といっても正規モノでないことがほとんどだ。並べて較べれば分かるけど
較べるホンモノがなければどうしようもない。拘ってほしい所だけど、どーでもいいとも思っている。
ウチはリプロ物を扱わないようにしているけど、他の店でリプロ品を高く買ってる人もいるからね。
これも自己判断と自己満足だ。モノを集めるのはキリがないし、私にはどうしようもない。
最近(も)MXブーツを買っている。
もちろん商品としてもあるけど自分用を買うのが基本だ。
全部売っちゃって自分のモノが無くなってしまった。もっとも実際に使われることはないだろうね。
アメリカのブランドでも製造はイタリア、FOXのブーツはAlpinestarsやAXO製だ。
90年代にプラスチック素材の使用でデザインは多様化したけど、経年でその劣化は否めない。
バックルは簡易脱着で便利になったけどそこがダメになる。革ベルトの穴止めがシンプルでいい。
ロボットのようになる前のフツーの革ブーツ。いろいろ見ていると機能は進化しているけど
どんどん安っぽくなっているのが分かる。ヘルメットも同じで好みはそこで止まってしまう。
自分の年齢とは関係ない。機能を優先させるほど最先端の本気(?)はないから観点が違うのだろう。
Hi-Point/Alpinestarsスーパービクトリーのことは前にも書いたけど、MADMAXの人気はすごい。
以前は容易に手配できたけど今はダメだ。国内のネットオークションでも2万円は下らない。
何の関わりもないヒトにとってはただの汚いブーツなんだけどね。モノは思い入れだけか...。
Skullスカル(頭蓋骨)は
シルバーアクセサリーの定番モチーフだけど、あまり親近感がない。
日本でも昔から髑髏/ドクロと呼ばれて輪廻のイメージと結びつく。欧米での認識とはちょっと異なる。
欧米では頭蓋骨は英知の象徴でもあるけど、お守りのモチーフにされる点では同じかもしれない。
財布にぶら下げた根付けによくあるからね。チェーンやブレスレットにジャラジャラは格好良くない。
今どき巷で見かけるモノといったらイキがった不良のファッションのようだし
周りのウケも良くないけどディテールがチープじゃダメ。陳腐なフォルムもNGだ。
----------------------------------------------------------------------------
【本日の写真】フレア柄
フレア模様は不良の証?。スカルとフレアはHot Rodには欠かせない。
コレは象牙でなくレジン製だけどステッキのヘッドにピッタリだ。不良ジジイの持ち物その1。
![]()
MXグローブは自分のものを探して
余ったものを売り物にしている。グローブは機能から云えば
トライアル用や最近のFOXのBMX用が使える。ただ事故の経験からメッシュ地のグローブは頼りない。手首をベルクロやベルトで止めたりするのはあまり好きでない。シンプルなリブニットがいい。
Hi-Point物は米でも探している人がいるから安くない。送料が乗るから中古でも5,6千円になる。モノによっては売れても赤字だったりするけど、そーゆーことはままある。
とりあえずグローブはもういい。次に売りに出されるのはHi-Pointの余りものになるはずだ。
MXブーツも探している。Hi-Point/Alpinestarsのお馴染みのやつだけど、70年代のものは少ない。これもアメリカから取り寄せるとどーしても安くならない。実際コレは日本で探した方がいい。靴はサイズとカタチもあるから難しい。MXブーツはこんなものとガマンしている人も多いはずだ。でもちゃんと足に合う物が無いワケじゃない。正規物(?)は木型を日本人向けにしていたりそのメリットは値段の差じゃないこともある。だから、日本にあるものは持って来ないようにしよう。
----------------------------------------------------------------------------
【本日の写真】Hi-Pointのグローブ
バイクとコーディネート、フツーで"らしい"ものはなかなかない。
![]()
最近Araiのカダローラレプリカを買った。
10年前のデザインのやつだけどほとんど新品に近い。
アゴスチーニレプリカはかなり恥ずかしい...。カダローラは好きなライダーだからいいんだ。
実際レプリカグッズを身に着けてレプリカマシンに跨るほど若くないし、それほど一途じゃない。
Hi-Pointのブーツ/or AlpinestarsのSVはダートラ/or MAD MAXフリークには欠かせないけど
実はそんなベタな選択はしない。"らしい"アイテムは探しているけど自分のモノにならない。
コスプレアイテムは要望があるから探しているけど自分にとってはどーでもいい。
昔のBATESのMXパンツは実用品だからあえて黄変したAXOのブーツが似合うことに気付いた。
ヘルメットもブーツもキレイにして再使用を前提にリペアをする。
売れるサイズのものをメインに探すから小さいサイズのものはパーツ取り用と割り切っていた。
ところが概してそっちの方が程度がいい。欲しがる人が少ないから比較的安価に手に入る。
コスプレを前提にしなければ、つまり飾り物としてはサイズは関係ないからそっちがいい。
先のヘルメットもサイズは56cmだから実用にならないんだな。
----------------------------------------------------------------------------
【本日の写真】ヘルメット棚
コレクションのつもりはないけど、今のところ売り物ではない。
![]()
ちょっと前L.A.のSONRISAの家具が注目を浴びていたけど
メタル地の素材剥き出しは嫌いじゃない。かといってこの場合はイギリスっぽいアルミじゃない。削り跡が荒々しいスチールだ。
HOT RODスタイルでボディに塗装を施さず、スチールの地そのままに磨いてクリアを掛けた車がある。パテ盛りの誤魔化しが利かないこともあるけどHOTでCOOLな感じがするわけだな。そんなバイクを作りたいと思っていた。ただスリムな車体だと難しくどうしても大型車ベースになる。
ローダウンしたカタチでボリュームが不可欠。だから素材もアルミでなくスチールやステンレスになる。ステンレスのタンクは重いけど梨地はデロリアンみたいでいいでしょ。
H-Dの新しいV-RODはフレームもグラインダーで削って、エージング加工してみたいものだ。昔のパンヘッドモデルのモディファイもいいけど、"レトロフューチャー"って感じがいい。
![]()